BOOK2
□彼の辞書にない文字
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「我輩の辞書に不可能の文字はない」
「は?」
奴良組屋敷の座敷にて、二人でお茶の時間を堪能していた時だ。
前置きもなく毛娼妓がそんなことを口にしたので、首無は眉を寄せた。
彼女はそんな尊大なことを言う性格ではないし、そもそも彼女の一人称は、我輩などという古典的なものだったろうか。
「なんだ、それは」
「フランスという国の、有名な革命家の言葉ですって。リクオ様が学校で習ったそうよ」
毛娼妓はずずっとお茶を啜る。
「はぁ。革命家ねぇ…」
首無は湯飲みを盆に乗せ、腕を組んだ。
「つまり、不可能なものはないってことだろう?外つ国にも、二代目のようなお人がいるものだな」
神妙で真剣な顔つきの首無。
あんたの中で彼はいったいどんなひととなりなんだ、と毛娼妓は突っ込みたくなった。
「…じゃあ、首無の辞書には、どんな言葉がないのかしらね」
「うん?そうだな…」
と、首無はそのまま天井を仰ぐ。
年季のある天井板の木目が、趣深い模様をつくっている。
「…決裂、かな」
「どうして?」
ごく自然な流れで毛娼妓が問えば、首無は視線を落とした。
「この奴良組が壊れることなどないからさ。それに…」
と、今度は毛娼妓に対して、甘さを含んだような穏やかな視線を向ける。
「紀乃と離れることも、あり得ないからな」
「首無…」
今となっては、その名で呼んでくれる者は首無だけ。
何も言えなくなってしまった毛娼妓に、首無はにこりと微笑んだ。
《後書き→》