BOOK2

□貴女は…
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後ろに回していた首を戻した雪麗が、三味線を抱え直した。

「元気な子を産みなさいよ」

「え…」

珱姫からは、雪麗の表情は波打つ髪に隠れて見えない。

タン…と弦が鳴る。

珱姫には、その音が少しだけ哀しく聞こえた。

「雪麗さん…貴女は…」

言わずにはいられなかった。

「何よ」

ぶっきらぼうな言い方は、いつもとなんら変わらなくて。

それは雪麗なりの優しさ。

己の夫への想いはいいのかと問うて、否と返された女が、不快にならない訳がないから。

初めて珱姫が奴良組に来た頃、彼女は恋敵であった。

もしかしたら、今なお、そうであるのかも知れない。

されど珱姫にとって雪麗は、貴重な相談相手であり、信頼する姉のような存在だ。

「…いいえ」

珱姫は静かにかぶりを振った。

この体と腹の子を案じてくれていることが、何よりの答えではないか。

「…返事は?」

「はい?」

珱姫がきょとんとすると、じろりと睨まれた。

その目が、"はい?"ではない、と言っている。

「だから、元気で強くて逞しくて、ついでに肝の据わった頑丈な子を産みなさいって言ってんの」

ずいぶんと注文が増えたが、それも安産を願ってくれている故だと思えば、心強い。

「はいっ」

頷いて、珱姫は雪麗も見惚れるような綺麗な笑顔をみせた。

雪麗が奏でるのは子守りの調べ。

庭では桜の蕾が綻ぶ。

満開になるのと、どちらが先であろうか――。



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