BOOK2

□喜びに梅の咲く
1ページ/3ページ


それは、梅の花が綻びはじめた頃のことだった。

「鯉伴さんっ!鯉伴さんっ!」

まだまだ寒い季節だと言うのに、若菜は頬を上気させて、奴良組の屋敷を走り回っていた。

「鯉伴さん!鯉伴さん鯉伴さんっ!」

息せき切って訪れた高校生の娘が、そのまま総大将の名を連呼しながら駆け回っているのだ。

彼女の通ったあとから、妖怪たちがなんだなんだと顔を出す。

そして面白そうだから着いて行こうとなり、長い列ができていた。

「鯉伴さん鯉伴さん鯉伴さーーんっ!」

そうとも知らない若菜は、なおも恋人を呼び続ける。

「どうしたんだい」

ようやく登場した鯉伴は、彼女の後ろから迫る妖怪の山にぎょっとした。

「あぁっ!鯉伴さん発見!」

発見って、俺は珍獣か何かか。

鯉伴がそう思うのと同時。

若菜は鯉伴の胸に飛び込んだ。

「おわっ……、とと…」

それを受け止めた鯉伴はたたらを踏んで、堪える。

「あ、あのっ、ねっ、りは、さっ…」

「若菜、まずは落ち着け」

どうどうと、鯉伴は恋人の背中を撫でる。

鯉伴の腕の中で何度か深呼吸をして、ぱっと顔を上げた若菜は。

真夏の太陽も白旗を上げるくらいの、溢れんばかりのキラキラした笑顔を見せていた。

「できたんですっ!」

「はぁ?」

反対に、鯉伴は面食らった。

いったい何の話だ。

「できたんですよっ!鯉伴さん!」

「いや、何が…」

二度言われても、鯉伴には見当もつかない。

「できたんですっ!赤ちゃんが!!」

「――――え?」

「――――――は?」

ぽかんと口を開けた妖怪一同だが、それ以上に開けたのが鯉伴本人であった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ