BOOK2
□弓張月
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雪女は傍らの男――牛鬼に恨めしそうな眼を向ける。
「何をするの」
「それは此方の言うことです。最近、人間の若い男ばかりが氷付けにされて殺されていると聞きましたが・・・やはり貴女でしたか」
「雪女が気に入った男を凍らせて、何が悪いの?」
「理由もなく人間を殺すことを、総大将は良しとしません」
その言葉は苛立つ雪女の神経を逆撫でするのに充分だった。
「何が良しとしません、よ!それで人間が妖怪を誑かすのは許されると言うの!?」
「そうは申しておりません」
「同じことよ!!ぬらりひょん様もぬらりひょん様だわ。人間なんてすぐに死ぬのに、世話をしてどうなるのかしら」
「すぐに死ぬ・・・か」
繰り返して呟く牛鬼。
「確かにそうですが、違うでしょう?」
雪女は訝しげに彼を見た。
「かの姫にばかり関心を寄せる総大将が恨めしい、総大将のお心を占める姫が羨ましい。そして何も出来ぬ己が口惜しい。それ故気を紛らわせる為に、天性のままに男を襲う。違いますか?」
羞恥で一気に赤くなる雪女。
「い、いちいち理屈っぽい男ね!」
雪女は牛鬼を押しのけた。
「どいて。あなたのせいで、また男を探さないとならないんだから」
「なりません。貴女を連れ戻さなければ、総大将の命に背くことになります」
雪女は鋭く冷たい視線を向けた。
「所詮あなたも、ぬらりひょん様に従っているだけなのね。それなら放っておいてくれる?忙しいの」
「・・・男を釣るのに、ですか」
「えぇそうよ!他に何が――」
あると言うの。
そう続く筈が、気が付けば彼の腕の中に収まっていた。
「そんなに男を欲するのなら、この牛鬼を」
不意打ちだったが、すぐに気を取り直して強気に出る。
「雪女(私)の口付けが、身も心も凍らせると知っている筈よね」
「それが貴女のお望みなら」
雪女はふっと笑みを零した。
「流石ね、捻目山の牛鬼。いいえ、寧ろ馬鹿というべきかしら」
「おそらく後者でしょう」
牛鬼も口元を引き上げる。
「違いないわ」
一呼吸置いて、人ならぬものの影が重なって板塀に映し出された。
「戻りましょう。皆様心配していらっしゃいます」
「あら。こんな『冷たい』女を心配する妖怪がいたなんてね」
「御冗談を・・・」
空が白み始めた頃、奴良組が拠点とする旅籠へ戻った二人が恋仲と疑われたのは、また別の話。
《あとがき→》