BOOK2
□好色、闇に消ゆ
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時は元禄、所は江戸。
賑やかな表通りをちょいと脇道にそれ、右に左に、これまた右に…と言った具合に入っていくと、ひときわ大きな屋敷がある。
ただし、そこに人が出入りすることは滅多にないと言う。
なにしろその屋敷、一風変わった奇怪な者達が棲んでいるのだから。
ある春の日の夜半。
表の門に、母屋側からするりと男が近づいた。
空気がざわざわと揺れる。
すると男は口元に人差し指を立てて、静かに、と言う所作をする。
途端に静まる草木に至極愉快そうな笑みを浮かべ、男は門扉に手をかけた…その時だ。
「総〜大将〜〜っっ!!」
けたたましい絶叫が辺りに響いた。
黒い何かがビュンっと飛んできて、それは男のまさに一寸先で急停止した。
「なんだ、カラスか」
「なんだではありませんっ!あなたと言うお方は、また執務や修練をすっぽかしてっ!」
小柄な…と言うより小さい体を存分に駆使して説教する黒い物体――もとい、鴉天狗を男は鬱陶しそうに手で払う。
「仕事なんざとっくに終わったよ。鍛練だって、お前んとこの若い衆じゃ相手になんねぇし」
門の外に出た男の後に着いて、鴉天狗は深い溜め息をついた。
「…して、今宵はどちらに行かれるのですか?総大将」
「どこでもいいだろ。それよりさァ」
と、男は斜め後ろに首を傾げた。
気怠そうな動作も様になる色男だ。
「その総大将っての、やめてくんねぇか。むず痒くってしょうがねぇ」
「何を仰いますか!あなた様…鯉伴様は、妖怪極道の総本山たる奴良組の二代目となられたのです!どこまでも総大将と呼ばせて頂きます!」
「そうかい」
男――鯉伴は軽く返して路地を歩き出す。