BOOK2
□月下美人
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町はずれの桜の木の枝に腰掛け、幹に背を預けてリクオは空を見上げた。
今宵は望月、恨めしい程に光が降り注いでいる。
待ち人はじきに来たる。
リクオは懐から煙管を取り出して、火を点けた。
いつもは体裁的に、平たく言えば格好つけるために持ち歩いているだけのものだが、今回は祖父の部屋から、こっそりと刻み煙草もくすねてきた。
吸い口に口をつけ、ゆっくりと吸い込む。
それは思いの外苦く、むせてしまった。
「……あの」
下から控えめな声が聞こえた。
リクオの幼馴染みであり、待ち人であるカナだ。
「あぁ、来たか」
満月の夜、桜の木の下での約束は、もう幾度も繰り返した。
リクオが三代目を継いだ中学生の頃からだから、十年以上になるか。
話をするのにリクオが地に下りることもあれば、彼女を抱えてまた枝に飛び乗ることもあった。
しかし、今夜は下りなかった。
下りてしまえば、きっと抑えられなくなってしまうから。
「私…今日はあなたに、大事な話があるの」
カナは己の名前を呼ぶことはない。
なぜなら、彼女は“己”の名を知らぬのだから。
「…どうした?」
努めて落ち着いて訊ねながら、リクオは彼女が言う内容を知っていた。
先に“昼の自分”が聞いていたから。
聞きたくない、聞かずに済むのならそうしたい。
しかし、現実は残酷で。