BOOK2

□幸せ
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青々と茂る庭の草木が、季節が春から夏へ移ろうことを教えてくれている。

「ふわぁ〜ぁ…」

縁側の、ちょうど日が当たる特等席に胡座をかいて、鯉伴は欠伸をした。

膝に感じる適度な重みに、つい頬が緩む。

あろうことか、鬼も恐れる妖怪の主の膝を枕にうたた寝しているのは、彼の幼妻である。

体を冷やさぬように座布団を並べ、羽織をかけてやったのは他でもない、鯉伴自身。

加えて扇子で適度に扇いでやると言う徹底さ。

妻は最近、どうにも疲れるのか昼寝をすることが増えた。

しかし、それを咎める者はいない。

むしろもっと休めとばかりに、仕事を片っ端から取り上げられる始末だ。

まぁ、そのお陰でこうしてのんびりできるのだけれど。

「ん…」

妻が身じろぎして、その瞼がゆるりと上げられた。

「若菜?起きたのか?」

「あ、なた…?」

若菜は腹部をかばいながら、そっと起き上がった。

「そろそろ、お夕飯の用意しなくちゃ…」

目をこすり、どこか覚醒しきっていない様子の若菜。

「眠いなら無理することはねぇぜ?」

鯉伴は優しくあやすように言う。

「飯の支度なんざ、毛娼妓たちに任せときゃあいいんだしよ」

「でも…」

鯉伴は妻の肩を優しく引き寄せる。

なされるがまま、若菜は夫の胸にぽすっと収まった。

「…私、夢を見たんです。とっても良い夢…」

「へぇ。どんな夢なんだい?」

鯉伴は耳を傾ける。

「この子が…」

と、若菜は自分の膨れた腹を撫でた。

「この子が、すごく楽しそうに遊んでたんです。それはもう、嬉しそうに」

「そうか」

きゅっと、鯉伴は若菜を腕で包んだ。

二人分の鼓動が聞こえる気がした。

「それでね」

若菜はゆるゆると顔を上げ、鯉伴と視線を合わせてふんわりと微笑んだ。

「あなたも一緒に、笑っていたんです」

「笑ってた?オレが?」

若菜の言い方が気にかかる。

子供が元気ならば、親が笑うのは当たり前ではないのか。

「えぇ。鯉伴さんが…笑っていたんです」

妻の笑顔はまるで、己が笑えることが嬉しいと言っているかのような――。

不意に鯉伴は理解した。

一度伴侶を亡くし、子を成すことが叶わなかった己だからこそ。

「…そうかい」

妻が見た夢は未来の姿。

初夏の風が、新しい夫婦と小さな命を包んでいた。



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