BOOK2

□祭り三味線
1ページ/2ページ


ベン、ベベン……

屋台の客寄せや人々の笑声にまじって、どこからか三味線の音が聞こえる。

「すごい人ですね…」

「あぁ、そうだな」

人波に押されながら平然としている彼を、カナは首を回して見上げた。

粋に着こなした着流しは、違和感がないどころかまさにこの場に相応しい。

しかし、そもそも彼が人混みの中にいることをカナは疑問に思っていた。

「あの、お祭りなんかに来ていいんですか?その、妖怪なのに…」

彼は巷の妖怪たちを束ねる存在。

例えば陰陽師など、特殊な力を持つ人間に見つかりはしまいか…。

そんなカナの不安を打ち消すように、彼は口の端をにぃっと引き上げた。

「心配ねぇよ。なんたってオレは“そういう妖怪”なんだから」

「はぁ…」

「それにほら、みんな食い物に夢中で誰も周りを気にしちゃいねぇよ」

確かに客たちは、思い思いに焼きそばやクレープなどを手にして、かぶりついている。

実を言えば、カナが気にしていることがもう一つ、足元にあった。

せっかくだからと着て来た浴衣が、足の動きを制限するのだ。

どうしても歩幅が狭くなって、早足になり、結果…。

「きゃ…っ」

足をもつれさせてしまった。

すかさず、彼が肩を抱いて支えてくれた。

「大丈夫かい?」

「は、はい」

彼はそのまま手をカナの腰まですべらせ、ぐっと抱き寄せる。

「えっ…」

ベベン、ベベン…

演者が三味線を力強く奏でる。

「いけねぇな…」

「え?」

彼はカナに視線を合わせ、妖しく双眼を細める。

「今夜のあんたは綺麗だ。誰の目にも触れさせたくねぇ」

「そ、そんな…」

既に息がかかるかと言うくらいに近い。

よもや、口づけを交わすか。

「そうだ、このまま連れ去っちまおうか」

どうだ?と、深い色の瞳が問いかける。

髪を結い上げて晒されたうなじを撫でられた。

遠くで三味線のアップテンポの高音が鳴り響いていた。



《後書き→》
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ