BOOK2

□若葉に鯉
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「散歩に行こうぜ」

そう言われた若菜が、息子を抱いて夫と連れ立って来たのは、神社に付随する公園だった。

広い池を囲うように遊歩道が設けられ、並んだ桜が青葉をさわさわと揺らしている。

神社へ参拝を済ませてから、親子は池に架けられた橋をゆったりと歩いていた。

柵に寄ると、泳いでいた鯉が一気に集まって来た。

その数、百をゆうに超える。

「まぁ、ずいぶん立派な鯉ね」

「参拝客から餌をたっぷり貰って、肥えてんだろ。どいつもこいつも、図太そうなツラしてやがる」

餌はねぇぞ、と鯉伴が魚たちに言う。

「鯉伴さんのこと、仲間だと思っているんじゃないですか?」

「なんだそりゃ」

「だってそっくりでしょう。ね、リクオ」

それはオレが図太いってことか、と鯉伴がぼやく。

八ヶ月になる息子は鯉が珍しいのか、母の腕から身を乗り出して手を伸ばしていた。

若菜がやんわりたしなめる。

「だめよ、リクオ。ご神魚さんはいたずらしたらいけないわ」

リクオはきょとんとして母を見て、それから父を見た。

「ご神魚っつうのは、神の遣い…もしくは神の化身ってとこだな」

父の説明に、やはりきょとんとしている。

「はは。リクオにゃ、まだ難しいか」

ぐりぐりと頭を撫でられる息子に微笑んで、若菜は抱き直した。

「ここ、素敵なところですね。このまま切り取って、一枚の絵にできそう」

「そうだな」

花を散らせた後の桜は、目にも鮮やかな碧い葉をまとっている。

日の辺り具合による濃淡もまた、絶妙。

その下を、赤や金…錦の神魚が悠然と泳ぐ様は見事と言えよう。

「鯉と若葉っていい組み合わせですね。なんだか、木々が鯉を誘い出してるみたい」

「あぁ…なる程な」

「って、鯉伴さん?」

「うん?」

鯉伴はさりげなく若菜の腰を抱き寄せていた。

「あの、お顔が近いのですけど…」

「自分で言ったんだろう?鯉を誘ってるって」

「えぇっ!」

若菜は頬をぽっと赤くする。

それに構わず、夫が更に近づいてくる。

薄く浮かべた笑みが色っぽい、と若菜は思った。

目を閉じて、息がかかる――その時。

「っぷしゅんっ!!」

リクオが盛大にくしゃみをした。

思わずぱっと離れる鯉伴と若菜。

くしゃみの音に本人もびっくりしたようで、目を丸くしてぱちぱちさせている。

そんな息子を二人は揃って見て、互いに見合わせ、それから同時に吹き出した。

「風邪を引かないうちに帰りましょうか」

「そうするか」

夕方の空気が漂い始める頃、親子は揃って帰途についた。

ただし、鯉伴は妻の肩を抱くことを忘れずに。

「続きはまた後で…な」



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