BOOK2
□涙
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…見てしまった。
庭の隅で、彼女がはらはらと泣いている。
何度ぬぐっても零れ落ちる涙。
それでも誰にも知られぬように、声を押し殺して。
苦しい。
そんな顔、してほしくない。
「姐さん…」
遠慮がちに声をかけた。
目をこする動作をしてから、彼女はこっちに顔を向けた。
「猩影くん…。…どうしたの?」
真っ赤に腫れた目もとが、無理矢理作ったような笑顔が、痛々しい。
彼女の涙のわけ――それは、我らが大将によって傘下の者たちが呼ばれたのと、同じ理由。
――三代目の婚約。
まだ時期ではないと異論を唱える者も多かったが、一部の近臣と、何より本人たちの強い想いがあって承諾された。
「つららの姐さん…俺…」
近くでずっと見てたから判る。
彼女が、三代目をどれほど大切に思ってきたか。
それを伝えたくとも伝えられないことに、どんなに悩み、苦しんできたか。
…気がついたら、抱き締めていた。
身長差がありすぎて腹のあたりに顔があるけど、そんなの気にしない。
「しょ…猩影、くん…?」
彼女が身じろぎするけど、それでも離せない。
離したくない。
「俺なら…そんな顔させません。姐さんのこと、守ります…。だから…」
このまま言ってしまえたら、何か変わるだろうか。
言葉を発する前に、彼女がそっと体を押してきた。
「…ごめんね……」
それは、涙を見せてしまったことに対するものだと思った。
俯いたまま腕をすり抜けたのは、恥ずかしさや戸惑いからだ、とも。
けれど、違った。
ただの思い上がり。
耳に届いてしまった、彼女と男の声。
視界にくすんだ赤い着物が見えた。
彼女が誰かの胸に崩れるところなんて、見たくなかった。
心を交わすことも、癒やしてあげることすらも叶わないなんて。
「姐さん…」
苦しい。
さっきまで彼女が立っていた場所に立つと、足下に水滴が落ちた。
空を見上げてみたけど、雨なんて降ってはいなかった。
《後書き→》