BOOK1
□陽の重なる節の日に
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杯に落ちた花弁が静かに波紋をたてる。
男はそれをくい、と飲み干した。
ふと隣を見遣れば、伴侶となった少女がどこか切なげに、出来上がって盛り上がる下僕たちを見詰めていた。
「どうした?」
「あ、いえ・・・」
彼女は少し俯いて、それから微かな笑みを浮かべた。
「私が提案したことですのに、よく考えたら、不老長寿を願うなんて皆様には必要ないことでしたね」
己らの後ろに飾っている凛とした花は、高潔な姫君にはよく似合っている。
けれど、彼女の瞳が憂いを帯びているのは明らかで。
「見ろ。酒と祝い事が好きな連中じゃ。宴の口実があれば、何だって構わんさ」
妖は人を襲い、生き肝を喰らう。
決まって恐ろしいものだと教えられて、少女は育ってきた。
しかし、目の前の妖たちは人と同じようにご馳走に舌鼓を打ち、人と同じように銘酒に酔って羽目を外す。
時に喧嘩し、じゃれ合うのもまた、人と同じ。
そんな彼らが悪いものだとは、到底思えなかった。
「・・・本当、妖じゃないみたい」
その時の彼女の笑顔に魅せられたのは、他でもなく、夫たる妖怪の大将だった。
「珱姫」
「ハイ?」
男はその細い腰に腕を回し、新妻をぐいっと抱き上げた。
「きゃ・・・。な、何を・・・」
「秋の夜は長い。お楽しみはこれからじゃ」
彼女はこれから先、人としては長い月日を過ごすことになる。
妖と共に歩むその道は、何もかも慣れぬことばかり。
だが、少なくとも飽きることはないだろう。
未来を見据える二人に幸あれ。
【解説・あとがき→】