BOOK1

□こっち来いよ
2ページ/3ページ


妖怪の主と一緒に花見をしたことのある人間など、自分くらいしかいないのではないだろうか。

清継なら卒倒するに違いない。

「おい」

「はっ、はいっ…!」

声が裏返ってしまった。

「そんなに堅くなるな。何も捕って食おうってんじゃないんだ」

「はぁ…」

何故だか、彼は楽しそうにしている。

「そっち、不安定だろう」

確かに、自分が座っているのは桜の枝の先の方。

と言うのも、彼が枝に足をかけてスペースを取っているからなのだが。

「もっとこっち来いよ」

手招きするので、そろそろと移動すると。

「わ…っ」

ぐいっと肩を抱き寄せられた。

彼の着物からは、お香のようないい匂いがする。

妖怪なのにどこか安心する、そんな感じだ。

「なぁ…こういうの、何て言うか知ってるか?」

「へ?こういうのって?」

「分からない?」

何が分からないのかも分からないが、カナはこくこくと頷く。

すると彼は、笑みを浮かべて耳元に顔を寄せてきた。

「それはな―――」

「なっ…あ…、えぇ!?」

低く囁かれた言葉は、中学生にはとんでもない単語だった。

「なんだ、知ってんじゃねぇか」

彼は可笑しそうに笑いをこらえているけれど、それどころじゃない。

「だ、だって…っ」

顔が熱いのが自分でも分かる。

掌で包んで必死に冷ましていると、彼はついに声に出して笑い出した。

「ははっ。まぁ、そのうち分かる時がくるさ。本当の意味をな」

「あなたは知ってるんですか!?ズルい!」

「さて。どうだろうな」

どうにも釈然としなくて、カナは男を睨んだ。

「怒るなよ。折角の可愛い顔が台無しだぜ」

甘いマスクで斜めった機嫌が戻りかけるから、それがまた悔しい。

妖怪ってみんなそうなの、と問えば、はぐらかされた。

この夜のことは、内緒にしておこう。



《あとがき→》
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ