BOOK1
□春霞
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暦では既に卯月。
それなのに、奴良組では珍しく外で酒を酌み交わすものもなく、みな屋敷に引っ込んでいた。
「今夜は花冷えね…」
繕い物をしながら巻き毛の女が呟く。
「佐保姫が迷い路でもしているのかな」
そう返したのは首の無い男だ。
女はくすりと笑った。
「あら。こんな良い男がいるのに寄り道なんて、随分と無粋じゃなくて?」
「じゃあ、君が彼女を連れて来てくれるかい?」
「いやよ。春霞の衣をまとった姫君にあなたの心が奪われるなら、いっそ雪が降って欲しいわ」
男は肩をすくめた。
「おやおや。女性の悋気は可愛いものだが、度が過ぎるのも困ったものだ」
灯した行燈の灯が揺れる。
「姫はいずれちゃんとやって来る。春の花々に囲まれてこそ、女性の美しさは引き立つものだと思うよ」
「調子のいいこと」
二人は顔を見合わせて微笑んだ。
膨らんだ蕾が花開くのはもうすぐだ。
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