BOOK1

□つぼみ
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男は長く煙を吐き出した。

日はとうに沈み、いよいよ妖の領分がやってこようと言う頃。

神社の境内の隅に佇む小さな姿を、男は見つけた。

気配からして、人間の子供。

放っておいてもいいが、このままでは狼藉を働く妖の餌食にされかねない。

「おい、どうした?」

それは、愛らしい少女だった。

大きな瞳に涙をいっぱい溜めて、不安そうに見上げている。

男はしゃがんで少女の頭を撫でてやる。

「どこか痛いのか?それとも、誰かに苛められたか?」

少女は首を振るばかり。

「黙っていても分からんだろう?」

「……し…」

「ん?」

すると少女は、近くの木を指差した。

「ぼうし…とばされちゃった…」

薄暗いため少々見分け難いが、確かに枝には異物が引っ掛かっているようだ。

男はふわりと舞い上がり、それを手にすると再び軽やかに地に降りる。

「すっ…すごいすごいすごーい!なんでそんなことできるの!?」

「いや…なんでって言われてもな…」

少女はすっかり涙が引っ込んでしまったようで、目をきらきらと輝かせている。

男は男で少女の変わりように面食らっていた。

「泣いた烏がもう笑う、ってな」

男はフッと笑った。

「嬢ちゃん、名前は?」

「わかな!」

「そうか。良い名だ」

「おじさんは?」

男は若干眉をひそめたが、すぐに表情を整える。

「俺は奴良鯉伴。闇の主だ」

「ぬら、り?やみ?」

首を傾げる仕草もまた可愛い。

「嬢ちゃんにはちと難しかったか」

男は少女の頭をぽんぽんと撫でる。

「ほら。早く帰らないと母が心配するぞ」

「うん!ありがとう!」

帽子を大事そうに抱え、少女は駆け出す。

途中、振り返って。

「じゃあね!」

満面の笑顔を見せると、今度こそ去って行った。

「若菜…か。どんな花を咲かせるのやら」

それを楽しそうに見送っている男がいた。



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