BOOK1

□韓紅花
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『今宵の客は、随分と色男だよ』

そんな事を言われても、紀乃は乗り気でなかった。

髪をひとつ撫でつけてみる。

考えるのは、一人の男の所在。

ここのところ、さっぱり姿を見ていない。

何処か遠くへ移ったか、それとも…。

悪い方に考えそうになって、紀乃は頭を振った。

きっと、何処ぞをほっつき歩いているのだろう。

そう思う事にした。

気分を変えようと、香炉を手に取る。

「首無のばか…」

「誰が馬鹿だって?」

驚いて顔を上げる。

いつの間にやら部屋の襖が開いていて、そこに男が寄りかかっていたのだ。

それも己の悩みの種その人で、紀乃は更に驚いた。

いや、人と呼ぶのはおかしいか。

「久しぶりだってのに、随分な言い草じゃないかい?」

わざとらしく目を細める。

「首無…っ。あなた、何してるの!?」

「おいおい、客にそんな態度でいいのか?」

彼は笑いながら襖を閉める。

「客って…ここがどこだか分かってるの?」

「もちろん」

首無は紀乃の隣に腰を下ろす。

「人間の男が、人間の女と遊ぶ所。そうだろう?」

やけに『人間の』の部分を強調するくせに、悪びれもなく言うものだから、紀乃は肩をすくませた。

「妖怪がこんな所にいていいのかしらね」

「そう言うな。首が浮いてなけりゃあ、人間と変わらないさ」

それはそうかも知れないが。

紀乃は言葉を返す気も起きなかった。

「…それ、変わった色をしてるな」

「え?」

彼の視線を辿ると、手にしていた香炉に行き着いた。

「あぁ、韓紅花(からくれない)って言うの。綺麗でしょう」

紀乃は胸の高さまで掲げてみせる。

「ふうん…」

自分で話題を振ったくせに、首無は興味がなさそうに眺めてから、香炉を取り上げた。

そして空いた彼女の手を包み込む。

「それなら、さぞ良い匂いがするのかな」

「く、首無…?」

陶器のような彼女の肌をするりと撫でる。

「楽しませてもらおうか…」

「んっ…」

二つの影が重なり、ゆっくりと倒れていった。



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