BOOK1
□まず一献
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桜の花はとうに咲き始めていると言うのに、佐保姫が道草を食っているらしい。
寒さが苦手な妖は早々に屋敷に引っ込んでしまい、そうでない妖もわざわざ外に長居する気はないらしく、奴良組の広い庭は珍しく閑散としていた。
こんな冷えた夜は酒で体を温めるに限ると、鯉伴は一人、部屋で盃を傾けていた。
部下たちが酌を買って出たが、みな断ってしまった。
大将が手酌など無粋な、と逆に小言を聞かされたが、それをぬらりくらりとかわすのがこの男。
「鯉伴さん?」
徳利の中身を全て注いだ時だった。
障子を静かに開けて入ってきたのは若菜だ。
「あぁ。風呂は気持ち良かったか?」
「えぇ、とっても」
少し前まで幼さを残していた彼女は、妻となった今では立派な大人の女性だ。
更に鯉伴を煽るのは湯上がり姿。
上気した頬と髪から滴る雫が、色艶さえかもし出しているようだ。
若菜は夫の手の中のものを見て、ぷぅと頬を膨らませた。
「鯉伴さんったら。声をかけてくれたらお酌したのに」
「今日は一人で呑みたい気分だったからな」
それにもう終いだ、と鯉伴は最後の一杯を喉に流し込んだ。
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