BOOK1
□心騒ぐ春
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一陣の風が通る。
枝垂れ桜の枝がしなり、春の朧月夜に花びらが散ってゆく。
それを一組の男女が、屋敷の二階、開け放した障子から眺めていた。
「ついこの前、咲き始めたと思ったのに。もう散っちゃうなんてね」
至極残念そうなのは毛娼妓。
「あぁ…」
頷く首無は、どこか上の空だ。
ひらり―…。
一枚の花びらが風に乗って、二人の元へ舞い込んだ。
首無はそれを、ゆるりとした所作で拾い上げた。
「もし――。もし、この世に桜がなかったなら、春の心は穏やかであったのだろうか」
誰に問うと言うより、独白に近い呟き。
毛娼妓は彼の首――のあるべき場所――にしなやかに腕を回す。
「物思う色男もいいけれど…。その心、私が静めてあげようか?」
すると首無は、波打つ艶やかな黒髪を一筋、掬い取った。
「是非に…と言いたいところだが、遠慮しておくよ」
「どうして?」
「こんなにいい女が傍にいたら、余計に心が騒いでしまうに決まってるからな」
悪戯っぽく口角を上げる首無。
毛娼妓はちょっと目を丸くして、その後はにかんだ。
「…もう」
庭ではまた一陣、風が吹いて、薄紅の花びらを舞わせていた。
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