BOOK1
□御髪に口づけを
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しなやかでくせの無い髪は、きゅっと結んでもすぐにほどけてしまう。
それが面白くて、夏実は自分のではないそれで何度も繰り返した。
しゅるん、…しゅるん。
「…先程から、何をしている?」
黙ってされるがままだった彼が、心底不思議そうに訊いてきた。
後ろから抱きしめられていた夏実は、遊んでいた彼の髪を離した。
「お坊さんの髪、男の人なのにすっごくサラサラですね。羨ましいっていうか、なんかズルい」
ぷくっと膨れた頬を黒田坊がつつけば、ぷぅと音を立ててしぼんだ。
「拙僧などのより、おぬしの髪の方が綺麗だと思うがな」
「そんなことないです。私の髪、くせっ毛だし…」
夏実は結っていたゴムをほどく。
肩まで伸びた髪が、ふわりと下りた。
黒田坊は手櫛で優しく梳いて、一筋を口元へ運ぶ。
「ほら。柔らかくてふわふわしていて、それに良い匂いがする」
耳のそばで囁くものだから、恥ずかしいったらありゃしない。
「……慣れてる」
「何か言ったか?」
夏実の小さな不服の言葉は、幸いにか黒田坊には届かなかった。
「なんにも」
夏実はかぶりを振り、広い胸に寄りかかる。
華奢な体は、彼の長い腕によってすっぽりと包まれてしまった。
夏実の唇が僅かながら尖っていたことを、黒田坊は知らない。
《後書き→》