BOOK1
□秘密の時間
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彼は、決まって夜に部屋を訪れる。
だから夏実は、彼が来る時は早めに夕食と風呂を済ませ、家族にバレないように二人分の飲み物を用意して、待ち構えるのだ。
二人で語らうこの時間が、夏実は好きだった。
夏実の他愛もない話に黒田坊が相槌を打つ。
夏実が笑えば黒田坊も笑う。
かの眼鏡をかけた友人の話をした時に彼が挙動不審になったりもしたが、それも慣れた。
この訪問の事を誰にも喋ってはいけないと言うのが、まるで二人だけの秘密のようで、ドキドキした。
語り出して、たっぷり二時間は経っただろうか。
「…そろそろ時間だな」
部屋の時計を見た黒田坊が言った。
「えぇっ。お坊さん、もう帰っちゃうんですか?」
「若い娘が、あまり遅くまで起きているものではない」
黒田坊は苦笑を漏らす。
「まだ眠くないんだけどな」
「そうか。それなら…」
ベッドに座る夏実に彼は近付く。
覆い被さるように、彼女の両脇に手をついた。
顔がすごく近い。
「あの、お坊さん…?」
「二人で疲れることをすれば、ぐっすり眠れるか?」
「つ、疲れること…!?」
夏実の心拍数は急上昇。
含みを持たせて、黒田坊はクスリと笑った。
「もっとも…拙僧も少々頑張らなければならないがな」
「えっ、えぇっ!?」
体が一気に熱くなった。
夏実を見つめる瞳は、彼には珍しく、それはそれは意地悪で。
そのくせ、色気は過分に放たれている。
黒衣から漂う香がからみつく。
「さぁ。目を閉じねば出来ぬであろう」
夏実は瞼をぎゅっと閉じる。
…しかし、期待するような甘い温もりはなかった。
そろりと目を開ける。
そこに彼はいなかった。
空になったマグカップの下に、紙切れ。
そこにはただ、『また会おう』とだけ書かれていた。
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