BOOK(牛頭雪)

□唇に彩りを
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自室の鏡台の前に端座して、つららは俯いていた。

胸に当てていた手を、そっと開く。

掌にすっぽりおさまるくらいの、二枚合わせの貝。

私物の整理をしていて、出てきたものだ。

――女であるからには、いつか必要になるから。

これをもらった時、母はそう言っていた。

けれど、必要になる時なんて訪れそうにないし、そもそも、見せたい相手すら……。

脳裏に浮かんだ顔を、つららは慌ててかぶりを振って追い出した。

「おい」

「ひゃうっ!?」

突然、思考の渦から引き上げられて、つららは文字通り飛び上がった。

その拍子に、手から貝がこぼれ落ちる。

顔を向けると、そこにいたのが、今まさに脳内から追い払った相手で、更に驚いた。

「なっ…ご、牛頭丸…!?どうしてあんたが、ここにいるのよ!」

「あぁ?」

その牛頭丸は、不機嫌を隠しもせずに眉を吊り上げた。

「たまたま通りかかったら、てめぇがやけにしみったれた顔してやがるから、この俺が、わざわざ、声かけてやったんだろうが」

「し、しみったれたとは失礼ね!ちょっと考え事してただけよ!」

「ほーお。なら、その考え事の内容いかんによっては、改めてやらなくもない」

つららは、うっと詰まった。

目をすがめて斜に構えた牛頭丸は、ふと足下に何かが転がっているのに気付いた。

かがんでそれを拾う。

「これは…」

「あっ!か、返しなさい!」

その手から、つららが素早く奪い去る。

「こんなの持ってたのかよ」

何気なく吐いたのだろうが、けっこう失礼な台詞である。

それが勘にさわったつららは、ふんっとそっぽを向いた。

「整理してたら、たまたま出て来たのよ。でも使う機会がなさそうだし、誰かに譲ろうと思ってたところよ」

「…もったいねぇだろ」

横合いから手が伸びてきて、貝を取り上げられた。

「ちょっと…!」

つららの文句を無視して、牛頭丸はぱかっと開ける。

貝殻の内側は、未使用のままの紅で美しい光沢を放っている。

「これを、指に取りゃあいいんだろ?」

「あ、そのままじゃダメよ。まず水をつけて……じゃなくて!どうしてあんたが――」

抗議を続けると、牛頭丸が鏡台の、浅い受け皿に入った水を目に留めたのが見てとれた。

「げっ…」


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