BOOK(牛頭雪)
□唇に彩りを
1ページ/3ページ
自室の鏡台の前に端座して、つららは俯いていた。
胸に当てていた手を、そっと開く。
掌にすっぽりおさまるくらいの、二枚合わせの貝。
私物の整理をしていて、出てきたものだ。
――女であるからには、いつか必要になるから。
これをもらった時、母はそう言っていた。
けれど、必要になる時なんて訪れそうにないし、そもそも、見せたい相手すら……。
脳裏に浮かんだ顔を、つららは慌ててかぶりを振って追い出した。
「おい」
「ひゃうっ!?」
突然、思考の渦から引き上げられて、つららは文字通り飛び上がった。
その拍子に、手から貝がこぼれ落ちる。
顔を向けると、そこにいたのが、今まさに脳内から追い払った相手で、更に驚いた。
「なっ…ご、牛頭丸…!?どうしてあんたが、ここにいるのよ!」
「あぁ?」
その牛頭丸は、不機嫌を隠しもせずに眉を吊り上げた。
「たまたま通りかかったら、てめぇがやけにしみったれた顔してやがるから、この俺が、わざわざ、声かけてやったんだろうが」
「し、しみったれたとは失礼ね!ちょっと考え事してただけよ!」
「ほーお。なら、その考え事の内容いかんによっては、改めてやらなくもない」
つららは、うっと詰まった。
目をすがめて斜に構えた牛頭丸は、ふと足下に何かが転がっているのに気付いた。
かがんでそれを拾う。
「これは…」
「あっ!か、返しなさい!」
その手から、つららが素早く奪い去る。
「こんなの持ってたのかよ」
何気なく吐いたのだろうが、けっこう失礼な台詞である。
それが勘にさわったつららは、ふんっとそっぽを向いた。
「整理してたら、たまたま出て来たのよ。でも使う機会がなさそうだし、誰かに譲ろうと思ってたところよ」
「…もったいねぇだろ」
横合いから手が伸びてきて、貝を取り上げられた。
「ちょっと…!」
つららの文句を無視して、牛頭丸はぱかっと開ける。
貝殻の内側は、未使用のままの紅で美しい光沢を放っている。
「これを、指に取りゃあいいんだろ?」
「あ、そのままじゃダメよ。まず水をつけて……じゃなくて!どうしてあんたが――」
抗議を続けると、牛頭丸が鏡台の、浅い受け皿に入った水を目に留めたのが見てとれた。
「げっ…」
.