BOOK(牛頭雪)

□初寝語
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静かな部屋に、もどかしく時が流れる。
仄明るい行灯が、隅から部屋を照らしている。

「雪んこ」

牛頭丸は、黒髪の落ちる白い背中に呼びかけた。
しかし、床を挟んで端座した相手は、反応すらしない。

牛頭丸は僅かに眉をひそめた。







目の前の少女と恋仲になり、はや三ヶ月。
ようやく床を共にできる日が来た。

つららは白い単衣に身を包み、約束の刻限に部屋で待ってくれていた。

己を拒絶している訳ではないらしい。
ならば何が彼女を躊躇わせるのか。

兎にも角にも、埒が明かない。

牛頭丸は衣擦れとともに立ち上がった。
床を枕側から回り込んで、つららの背後に、片膝を立ててしゃがむ。
そっと近付いて、清らかな髪から覗く耳に唇を寄せる。

そして呼ばう。
低い声音で、その耳の奥に訴えるように。

「雪んこーー」

ぴくり、とつららの肩が震えた。
耳朶がさっと朱に染まる。

牛頭丸はつららの肩に腕を回し、自らに凭れさせた。
そして顔を見ようと、上から覗いてーー息が止まりそうになった。

頬が紅潮しているのは、まるで雪原に気の早すぎる桜が咲いたかのよう。
大きな瞳は、解けかけの氷みたいに潤んでいる。

無垢で、尚且つ艶かしい。
乙女が女へ変貌する刹那の危うい均衡が、そこに垣間見えた。

「緊張してんのか……?」

すると、つららの華奢な手がおずおずと持ち上がり、牛頭丸の単衣の袖を掴む。
細い指の節は白いのに、力は弱々しかった。

「あなたは……緊張してないの……?」

問いに返された問いは、肯定を意味している。

同時に伝わったのは、つららの痛い程の不安だ。

己にしがみつくつららに、愛おしさが満ちていく。

「緊張はしてねぇ。その代わり……震えが止まんねぇ」

牛頭丸は恋人を強く抱え込んだ。

行灯の灯は、強すぎず淡すぎず。
交わる影を床に作り出していた。



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