BOOK(牛頭雪)
□恋桜
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はるのよの
ゆめばかりなる
たまくらに
かひなくたたむ
なこそをしけれ
弥生下旬。
東京の桜は花開き、三分咲きといったところか。
それはいいが、よりによってじじぃの一言で、花見の宴席が設けられることになった。
飲み食いするのが好きな本家の連中に誰一人反対するものはなくて、今に至る。
無礼講とあって好き放題、肝心の花を愛でる奴なんて見当たらない。
隣の馬頭丸も、滅多に見れないご馳走にがっついていやがる。
まぁ自分も、お相伴にあずかって盃を傾けている訳だが。
ふと目を上げると、開始からちょこまかと給仕に動き回っていた雪んこが、つまみの乗った大皿を置いて一息ついたところだった。
さすがにこれだけを相手にしていれば、疲れるだろう。
なんとなく、その名を呼んだ。
「何よ。何か欲しいの?」
「いや。それよか、少しは休んだらどうなんだ」
自分でも知らぬうちに、腕を彼女の方へ差し出していた。
それに気付いた時には、引っ込めるのも気まずくて、そのまま雪んこが動くのを待つ。
どちらも静止したまま、見合った状態が続くかと思われた。
・・・が、不意に雪んこが手を伸ばして―――。
触れ合った瞬間、その手がぺし、と間抜けな音を立てた。
「おあいにくさま。私は疲れてないわ。それに・・・」
雪んこはすっと立ち上がって。
「この賑やかな宴で、いらぬ噂が立つのはお断りよ」
澄んだ声でそう言い残して、雪んこはまた台所へ向かっていった。
行き場をなくした手で、くしゃりと髪をかきあげる。
「ちぇ、可愛くねぇ・・・」
独り言ちて、縁側の向こうの桜を見やる。
まだまだ、盛りはこれからだ。
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