BOOK(過去拍手)

□西ノ太陽、東ノ月
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時は徳川の世。

木戸は次々に締まり、人々は一日の営みを終えようとしている。

人の姿が減っていく町並みを、少年は上から眺めていた。

夜の幕が空を覆いつつある。

宙を泳ぐ蛇妖怪に乗った少年――鯉伴は首を反らした。

頭上で藍と橙が混ざりあっている。

昼と夜の狭間。

黄昏だ。

人は日の下で生き、妖は闇に動く。

ならば、この刻(とき)は誰のもの?

紅に燃ゆる世界に在るのはなんだ?

まるで己のようだ、と鯉伴は思う。

昼にはあらず、夜にもあらず。

けれど、鯉伴は知っていた。

どちらでもないがゆえ、その鎹(かすがい)となり得ることを。

どくん、と体の芯が疼いた。

鯉伴はそっと胸に手を当てる。

「血が……熱い……」

腹が、背が、脚が、腕が、踝が熱い。

熱が全身を駆け巡って暴れる。

鯉伴はくの字に体を折り曲げた。

掌に爪が食い込み、うっすらと赤いものが滲む。

今や、空のほぼ全てが夜の色に様変わりしていた。

細く息を吐き出し、鯉伴は怠そうに髪をかき上げる。

「蛇よ……」

妖は呼び掛けに応え、視線を主(あるじ)に向けた。

「もっと上へ行け……!もっと、もっとだ……!」

口調こそ年相応なれど、それは貪欲に高みを追い、強さを求める者の唸り。

少年を乗せた妖は、旋回しながら上昇していく。

今、日輪は完全に隠れた。

これよりは闇――。



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