BOOK(過去拍手)

□添い雨
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花開院ゆらは膝を抱えて、つま先を凝視していた。

と言っても――空はあいにくのミディアムグレーだが――塞いでいる訳ではない。

ゆらは、なんとも形容しがたい表情を作っていた。

あえて言うなれば、怒りたいのと泣きたいのを足して、照れで割ったような感じ。

原因は、体に巻きついている腕。

「ゆらってば」

真後ろからの声に、肩が大げさに跳ねた。

「疲れない?ボクに寄りかかっていいのに」

「うう、うるさい!妖怪の世話にはならん!」

「へぇ〜」

後ろで呆れたような声を出された。

「よく言うよ。ボクが来るまで、一人で縮こまってたくせに」

「うっ……」

ゆらは、アパートから近い公園で修行をしていて、雨に降られた。

急いで逃げ込んだのは、公衆トイレの狭い軒下。

すぐに止むだろう、とたかをくくって、狩衣をかぶって凌いでいた。

けれど雨はなかなか止まず、いいかげん手足が冷えてきた頃に、馬頭丸が傘をさして現れたのだ。

――妖怪も傘を使うのか、と思ったが、そこはスルー。

「帰ろうって言っても、聞かないし」

「あ、当たり前や!まだ今日の修行が終わっとらんのや!」

「せめて自動なんたらで、あったかいもの飲むとか」

「自販機は使わん!節約も修行のうちや!」

「つまり、お金足りないんでしょ」

「う……。そ、そういう馬頭かて!」

「ボクが人間のお金、持ってると思う?」

「……思えん」

「でしょ。だ、か、ら」

ぐっと腹を締められた。

じゃなくて、引き寄せられた。

「こうやってボクが後ろから抱きしめて、あっためてあげるって」

ハートマークが三つは付きそうなくらいに語尾を上げて、馬頭丸はゆらにぴたりと密着する。

「――――――っ!!」

声にならない悲鳴が、ゆらの中で暴れまくる。

こいつ、絶対面白がっとる!

「は、離れろ性悪妖怪……っ」

「ゆら、濡れるから暴れないで」

膝の十センチ先を、屋根からの滴が絶えず落ちていく。

指を絡めて、吐息をうなじに当てられて。

妖怪にほだされるなんて、陰陽師の名折れだ。

なのに、背中から伝わる温かさは抗いがたい。

ゆらには、雨の音は全く聞こえなくなっていた。

代わりに、鼓動が耳の奥でうっとうしく鳴り響いていた。



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