BOOK(過去拍手)

□いざ、宵闇の灯
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コツ、コツ、コツ――。
ローファーのかかとが、階段の石を踏むたびに物寂しい音を奏でる。

ひょう、と一陣の風が過ぎた。

先へ進む意思を試されているような気がして、夏実は隣を歩く着物の袖をつかんだ。

「……怖いか?」

頭上から優しげな声が降りてきた。

怖くないと言えば嘘だが、心の底から震え上がる位かと言うと、それも違う。
前方の、宵闇に浮かぶ建物から漏れる明かりと笑い声は、親しみのあるものだからだ。

けれども。
確かにそこは“人ではないものの世界”――。

それを夏実は肌で感じていた。

無意識に構える夏実の肩は、暖かな腕に包まれた。
そのまま引き寄せられる。

「えっ、お坊さん……っ」

今度は違う意味で肩が張る。

「拙僧に寄り添っていればいい。そう、もっと――」

そんな場合ではないのに、彼の言葉はやけに色めいて聞こえる。

「大丈夫だ。妙な輩に絡まれぬよう、拙僧が守ってやろう。夏実殿は楽しむといい」

「お坊さん……」

言葉ひとつひとつが、きゅんと夏実の胸に染み込む。

夏実は促されるようにして、木製の扉の前に立った。

のれんに“和風御食事処・化猫屋”の文字。
これがお店の名前なのだろう。
ただし、頭にしっかり“妖怪”とついている。

取っ手に手をかけて、夏実はそっとかえりみる。
視線が合えば、彼はわずかに目を細めて、頷いてくれた。

夏実の手に、ひとまわりもふたまわりも大きな彼のそれが重なる。

「さぁ、入ろう」

「はい――!」

夏実は息を吸って、扉を開けた――。



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