BOOK(過去拍手)
□追懐
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夏真っ只中。
まとわりつく暑気を自らの冷気で遮る雪麗は、一つの石の前でしゃがんだ。
手にしていた花束を手向け、追懐に目を細める。
「久しぶりね、珱姫」
質素ながらも、よく磨かれた石。
その下に眠るのは、己が思いを寄せた男の妻――かつて、姉妹のように共に過ごした女性だ。
「元気?って、こんなこと訊くのも可笑しいか」
雪麗は物言わぬ相手に語りかける。
「勘違いしないでよ。別に、あんたに会いたくなった訳じゃないからね」
ただ、人の暮らしの中じゃ故人に挨拶する季節だって言うから、ちょいと足を向けてみようかなーなんて思っただけなんだから。
「…………」
つらつらと言い訳を並べてみても、“彼女”は応えない。
当たり前だが。
雪麗は肩を竦めた。
よいせ、と立ち上がる。
その時、一陣の風が吹いて、墓前に捧げた花が揺れた。
引き留められたように感じて、雪麗は憮然とした。
もう退去すると思われたのだろうか。
「そこまで薄情じゃないわよ」
雪麗は後ろ手を組んで、墓石の周りを歩き始めた。
「みんな元気だったわよ。リクオちゃんも、若菜ちゃんも。――ぬらりひょんも」
少しの溜めをもたせてみた。
何かしらの反応があると思ったのに、いたって静かだ。
なんだか釈で、後ろから少しの皮肉を投げてみる。
「だいぶ老けたわよぉ。縮んだし髪もないし、じーさんよ、じーさん」
どーすんのかしらね、と言った雪麗の髪が、微風に靡く。
“彼女”がくすりと笑った気がした。
「『どんなお姿でも、妖様は妖様』あんたならこう言いそうね。あーあ、相変わらず妬けるわ」
面白そうに微笑する“彼女”が目蓋の裏に浮かぶ。
その姿は、永き時を経て尚、色褪せていない。
それ程に“彼女”の生き様が、雪麗の記憶に強く刻まれているということだ。
雪麗は正面に戻って、うーん、と体を伸ばした。
「そろそろ行くわ。また、気が向いたら来るから」
ざわり、と風が動く。
――はいっ!
雪麗は目を見張った。
今、確かに聞こえたような。
込み上げる何かを感じつつ、雪麗は唇に笑みを乗せた。
冷然たる美を持つ妖怪・雪女の優しい微笑みを知るのは、一つの墓石のみだった。
《後書き→》