BOOK(過去拍手)

□晩夏の名残
1ページ/2ページ


ひゅううう……

甲高い音を鳴らして、火種は道なき闇を駈け上がる。

寸の間の無音。

ど……っ

夜の帷に覆われた空に、光の花が花開いた。

都心の河川敷で、咲いては散り、散っては咲く、夏の名残。
いつだって見る者を魅了するそれが、どこか物悲しく感じるのは、時期ゆえだろう。

「綺麗……」

土手に腰を下ろして夜空を仰いでいた娘が、吐息を漏らした。

「あぁ、そうだな」

彼女と並ぶ鯉伴は相槌を打つ。

「若菜、寒くはないか?」

耳のそばで囁けば、彼女はにこりと微笑んで、首を振る。
けれども、冷えてはならぬと細い体を引き寄せれば、素直にすり寄ってきた。

彼女は、鯉伴が惚れ込んで、生涯の伴侶にと決めた娘だ。
片腕のみに収まってしまう存在が、愛しくて仕方ない。

「終わっちゃうのね……」

寂しげな若菜の視線を、鯉伴は辿る。

腹に響く音で、煌びやかな光で、微かな火薬の香りで、人々を錯覚させる花火。
まだ夏は続いているのか――と。

されど、二人の肌を撫でるのは、やや乾いた風だ。

季節は確かに移ろいゆく。

「来年、また見に来りゃあいいさ」

鯉伴は、若菜の柔らかな髪をそっと梳く。

「うん。ね、来年も一緒に来ましょうね!」

無邪気に見上げてくる若菜に、鯉伴は目元を和ませる。

「あぁ。それに……」

鯉伴は己の頬を、彼女のそれに寄せた。
そして、甘やかな声で、若菜の鼓膜を震わせる。

「その時は、もう一人増えてるかもな?」

何度か瞬きした若菜は、すぐにぱっと頬を染めた。

「そうね……っ」

互いに寄り添う二人の頭上で、過ぎ行く季節を惜しむかのごとく、最後の花がゆっくりと闇に溶けた。



《後書き→》
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ