BOOK(過去拍手)
□冬花
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はらはらと、空から白いものが舞い降りる。
地に積もりゆく雪花を眺めつつ、ぬらりひょんは美酒の盃を斜にした。
上等な酒は、甘い。
軆をからめとられて、極上の愉悦に誘われた気にさせる。
空いた盃に、折よく添えられた酒器があった。
口の端を上げつつ、ぬらりひょんはそれに応じる。
「ワシを酔わせてどうするつもりだ?雪麗よ」
「あら。女が男に酌をして望むものなんて、ひとつよ。それとも、そんなこともわからない程、貴方は不粋になった?」
煽るように雪麗はぬらりひょんを見上げる。
彼女の紅い瞳は危うい。
されどもぬらりひょんは、ぐっと面を近付けた。
満たされた盃を雪麗の唇に押しつけ、己も口をつける。
まるで、盃越しに口吸いを交わしているかのよう。
「それならば、お前の望むものを与えてやろうかのう」
ぬらりひょんの息に合わせて、盃の中味が揺れる。
それは雪麗の唇を濡らした。
雪麗は何も口にはせず、また目をそらすでもなく。
ひたとぬらりひょんを、見据える。
その意志もないくせに女を弄ぶ、非道い妖を――。
盃は雪麗の唇を離れた。
「戯れだ。お前と口吸いなんぞしたら、肝が真面目にいくつあっても足りんよ」
ぬらりひょんは、今ので胆をひとつ潰された心地がしていた。
「あぁ、そうだ」
ぬらりひょんはおもむろに面を上げ、盃を掲げてみせた。
盃の銘は雪見、注ぐ酒器は冬銀河。
雪のごとく白いそれらを縁取る金箔は、空中を遊び回る氷晶に似ている。
「今日の酒は、この雪に捧ごうかの。まるでお前のように、全てを包む雪に」
それこそ戯れだ、と雪麗は思った。
けれども口には出さない。
代わりに、傾けられんとした盃に、あふれる寸前まで注いだ。
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