BOOK(過去拍手)

□櫻酒
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月の冴えた夜。
淡紅の花びらが風と戯れている。

ビードロの盃で飲み物を味わったリクオは、満足げに唸った。

「良い酒だ」

それを受けて、隣に侍るつららが微笑んで頷く。

「ええ。上撰ですもの。それに、今宵は月も桜も、格別ですから」

つららの視線を辿って、リクオも窓から外を見遣った。

月代の天恵のもと、その樹は、乙女の照れた頬のような色の衣をなびかせている。
嫣然たるその立ち姿は、かなたより類を見ない、至高の花であるしるし。

美しい情景は心を洗い、また美酒の旨味を引き立てる。
これに勝る肴はないのだ。

けれども、旨いと感じる所以は、それだけではない。

「つらら」

リクオは名を呼び、余所見をしていた彼女を引き寄せた。

「酒が美味いのは、一番大事な女がそばにいるからに違いない。そうだろう、つらら?」

「リ、リクオ様……それは……」

強い眼差しに見つめられて、つららの白い面に一気に熱が集まった。

二人は想い合う仲だ。
もちろん「はい」と答えれば、彼を一番喜ばせられる。

けれど、それを口にする心構えは急にはできない。

つららが返事に窮していると、リクオは秀麗な面をぐっと寄せる。

「どうなんだ? オレのつらら」

欲しい答えは待つより引き出すのがいい。
リクオは、魅惑的に色付いたつららの頬に、さわりと手を這わせる。

頭が沸騰する感覚に陥りながら、つららは望まれるがまま、はい……としぼり出した。



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