BOOK(過去拍手)

□桜吹雪
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 世の中に
 絶えて桜の
 なかりせば
 春の心は
 のどけからまし






――とは、よく言ったものだ。

人のみならず妖の心まで乱すのだから、誠に桜は不思議な力を持っている・・・。

などと、庭に立ち柄にもないことを牛頭丸が考えていた時だった。

「珍しいわね。あなたが木から下りてるなんて」

頭を巡らすと、すぐ後ろで雪女が首を傾げていた。

「桜の魅力に惹かれてお花見?なんてね」

「まぁな」

頭上にそびえる枝垂れ桜は満開。

そよ風に枝を揺らしては、薄桃色の花びらを舞わせていた。

「雪んこ」

ふと疑問が湧き上がった。

「お前は、春が好きか?」

「急にどうしたの」

「いいから」

やや間があって返ってきた答えは、予想とは少し違っていた。

「好きよ」

「・・・そうかい」

「なんか不満そうね」

「別に、そんなんじゃねぇよ」

「それなら、あなたは?」

牛頭丸は桜を見上げた。

昔は、春は好きだった。

落ちてくる花びらを追うのが、子供心に楽しくて・・・。

けど、今は――。

「俺は、あまり好きにはなれねぇ」

「あら、どうして?」

次の瞬間、風がざぁと強く吹き、思わず目を瞑った。

花びらが顔に当たる。

手で庇いながらそっと目を開けると、同じく雪女が風に耐えていた。

目が、離せなかった。

袖で顔を覆う雪女が、まるで花びらに包まれて消えていくようで――。

気がつけば、彼女を力いっぱい抱き締めていた。

「ちょ、何するのよ!」

「あ、わり・・・」

すぐに離れたけれど、それでも彼女の体は現に存在するもので、それに安堵している自分がいた。

「それで?どうして春が嫌いなの?」

「嫌いじゃねぇよ。ただ・・・」

牛頭丸は俯いた。

「雪が・・・溶けちまうだろ」

また風が吹いた。

今度のは決して激しくはなくて、二人の心を繋ぐかのような、優しい風。

「確かに、雪が溶けるのは残念だわ」

静かに言葉が紡がれる。

「でもね」

隣に立った雪女は、とても減ったとは思えない花を見上げた。

「それまで眠っていた草木や動物たちが、一斉に動き出すの。それって素敵だと思わない?」

「一斉に・・・」

「そう。それにね」

と、雪女は自分に向き合った。

「雪はそれらが力を蓄えるのを守っているのよ。バカにしないでくれる?」

そう言って不敵に微笑む雪女を、牛頭丸は綺麗だと思った。

「そうだな・・・」

桜がなかったら、こんな風に考えることもなかったのだろうか。

だけど今、目の前にある。

仮定や空想はいらない。

自分たちはここにいる。

それで充分だ。



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