+小説+
□華一片ーハナヒトヒラー
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それはまるで、時が止まったかと錯覚する程の出逢い。
一瞬の出来事。
桜の華が舞うこの季節に、僕は生まれて初めて恋に落ちた。
試衛館――それは近藤さんと土方さんが一緒に立ち上げたしがない道場だった。
初めは門下生なんて数名で、やり繰りするのが厳しいくらいだった。
けれど世は武士の時代。若者は武士の志を胸に試衛館を訪れ、今では立派な道場として成り立っている。
試衛館が軌道に乗り、何度目かの桜が散り始めた頃、その愛しい人は現れた。
「道場破り?」
門下生達がバタバタと走りながら話す噂を聞き、道場へ向かう。
現れたその人は、紫がかった黒髪に、澄んだ海の色の瞳を持った女の子かと見間違うくらい綺麗な子だった。
話によると、試衛館に道場破りに来たらしい。
一目見て、腕も実力もかなりのものだと確信した。
僕はその子を見て、一瞬時が止まったような錯覚に陥った。
周りの全てのものが停止し、自分とその子2人きりという幻想を見た。
その瞬間に、僕はもう恋に落ちていたんだ――……‥
「僕が相手しましょうか?」
軽いノリで近藤さんに申し出る。
近藤さんは「珍しいな」と言いながら、僕を彼に紹介してくれた。
「沖田総司です。宜しくね。」
ニッコリ笑って自己紹介。対象的に彼は無言で睨みつけてきただけだった。
「総司はこの道場でも1、2を争う腕前だ。君も文句無いだろう。」
「じゃあ早速始めようか♪」
そう言うと彼は無言で距離を取り試合の態勢に入った。
沖田も『お手柔らかに』と穏やかに言い放ち、反対側に立つ。
「準備はいいか?では、試合――――始め!!」
「っつ・・・痛―っ」
「うるせぇ、甘くみてるからこーゆー目に合うんだ」
そう言いながら土方さんは沖田の腕にやや乱暴に包帯を巻く。
実際はたいした事の無い怪我だ。
だが、それでも傷を付けられたのは事実。
「ったく、沖田総司があの程度の攻撃避けられねぇとは・・・情けねぇ」
「あははーつい油断してたらねー。けど甘くみてたのはお互い様でしょう?」
「ま、あいつも怪我してるみてーだしな」
そう言うと包帯を巻き終わり、動かないように固定する。
なんで俺が・・・とブツブツ言いながらも手当してくれる土方さんが可笑しい。
「よっし!じゃあもう一人の怪我人の様子でも見てくるね」
軽やかに立ち上がり、後ろ手に襖を閉める。
庭に咲く桜が、音も無く静かに舞い落ちるのを見て、妙に切なくなった。
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