小説:-)

□ほぼリハビリ文に近いスカツナ
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紫に濡れた日




イタリア本部にあるボンゴレの屋敷の庭の一角に、見事な紫陽花が咲き乱れていた。
それはそれは美しいもので、態々足を運んで眺めてしまう程だ。
こんなに数多く咲いているというのに、香りは控え目。
それが丁度いいと綱吉は感じていた。
むせかえる花の香りはあまり好ましくない。主張が強すぎる。

サラサラと、針の様に細い雨。
柔らかな雨であるというのに、量は分刻みに増して行く。
綱吉は仕事を早々にほっぽりだして傘を手に取り、この紫陽花の前に佇んでいた。
紫の花弁に雫が伝う。
花に埋もれて隠れた青々とした葉の隙間から蝸牛がのらりくらりと這っているのが見えた。
穏やかだ。とても。
綱吉は微笑み、瞳を伏せた。



「不法侵入?」



クスクスと笑いながら後ろに現れた気配に声を投げ掛ければ、その気配は色を変えた。
呆れ?否、多分。
ムッとしているのか。



「ふざけるな。今回の抗争の件で聞きたい事があるからと呼び出したのはアンタの方だろうが」



フン、と鼻を鳴らす音。
そうだ。此方から呼び出した。
偶々先日抗争した相手のマフィアが偶々カルカッサの同盟ファミリーだったのだ。
元々やんちゃをするファミリーで、カルカッサのボスとあちらさんのファミリーのボスは悪友。
カルカッサもやんちゃと言えばやんちゃだが、ヤバいと思えばスカルが間に立ち阻止してくれるので心配はなかった。
といっても敵は敵。
安易に安心できる相手ではないのだが。
ただ、馬鹿げた労力を使わなくて良くなっただけで。
それでも毎日仕事三昧の綱吉からしてみれば実に有り難かった。
今回みたいな、馬鹿げた抗争には正直頭を抱えたくなる。
やんちゃし過ぎだ。

だから唯一話が早そうなスカルから話を聞こうと思っていた。
相手のファミリーのボスは負傷して話が出来る状態まで回復していないし、態々仲良くないカルカッサのボスを呼んでも、メンドクサイ……ぶっちゃけ疲れるだけだ。
やれやれ短気は損気だよなー、とため息を吐いてから綱吉は後ろを振り返る。
しかしそのため息すらも癇に障ったのか、彼の眉間に刻まれた皺は更に深い物となった。苦笑。



「いつも執務室じゃ飽きるだろ?たまには気分転換」

「アンタの脱走劇に俺を巻き込むな」

「まぁまぁ、そう言わずに」



へらりと笑って許しを乞えば、スカルも仕方がないとため息を吐いて綱吉の隣に並ぶ。
といってもこの雨の中フルフェイスのヘルメットを被ったままなので傘は必要ないみたいだ。
それもそれでどうなのだろう。
綱吉はんーと唸ってから、口を開いた。



「スカル、ヘルメット取ってよ。傘入れてやるから」

「はぁ?必要ないだろう」

「あるよ、あるある。だって折角綺麗に咲いてるのに」



チョイ、と目の前に咲き乱れる紫陽花の花を指差して綱吉が笑う。
折角綺麗に咲いてるのに、それじゃあその瞳に有りのままの花が映らない。
スカルはその申し出に渋りながらもヘルメットを取った。
綱吉の方が背が低いので、傘を受け取り二人して中に入り込む。
流石に男二人で狭いが、綱吉は見るからに華奢で小さく、スカルも華奢な方であったので肩が僅かに濡れる程度で問題は無かった。



「誰が植えたんだ?」

「さぁ、誰だろう。気付いたらあったみたい」



何て適当な。
呆れたスカルの視線を軽く無視して、綱吉は花に手を伸ばす。
ゴメンね、と呟いてポキリと枝から折った。
それを疑問の色の滲む瞳で窺っていたスカルに、綱吉は「はい」と言って差し出す。
意味が分からない。
あまりに唐突過ぎる。
だが沢田綱吉という人間はそういう人間であった。
引かない、真っ直ぐな瞳に少々たじろいでスカルは紫陽花を受けとる。



「スカルんとこ、船の上だろ」

「馬鹿にするな。船の中だろうが海の上だろうが植物は育てられる」

「まー、そうだろうけど。気分くらい味わおうよ」

「気分?」

「そ、気分」



日本人だけかは知らないが、日本人はとても四季を大切にする。
春夏秋冬の花を愛で、四季の空気に溶けて馴染むように。
綱吉はその気分を味わうのが重要なんだ!と力強く仰った。



「それに、紫で似合ってるよ。スカルにピッタリじゃん」



紫陽花の濃い紫。
紫を司る彼にはピッタリの花だ。



「俺、好きだなー」

「……は、」

「紫陽花」



思わせ振りな言動。
魔性と名高いボンゴレのボスに翻弄される男は少なくない。なんと哀れな。
スカルもその仲間入りを果たしているのだが、如何せん認めるという事をしないのだ。
だから今勘違いしてしまった己に苛立ちを感じながらも「アンタには言葉が足りない!」と怒りの大半を綱吉に押し付けていたりした。
まあその辺りは綱吉も自業自得である。



「いや、ほら。主張が強くないじゃん、香りにしても。咲いてる場所によりけりで、こうやって一斉に咲いてる場合もあるけど。俺の紫陽花のイメージは端の方で静かに凛と咲いてるイメージなの」



ポタポタと、傘を伝い雨粒が目の前を滑り落ちる。
それを眺めながらスカルは綱吉の声を聞いていた。
雨脚が強くなってきている。
もう雨は針のような細さでは無くなっているだろう。
ふうん、と相づちをうとうとしたその時綱吉が「ああっ!」と声を上げる。
全く忙しない。



「だからスカルと被ったんだなー」

「影が薄いって言いたいのかアンタは」

「ち、違うよ!!」



のほほんとしていた顔が一転、慌てた表現になる。
そりゃあスカルはリボーンやコロネロ達に比べれば影は薄くなるかもしれない。
でも、そうじゃなくて。
綱吉は割りと真剣な目をしてスカルを見つめた。
一つの傘の中は、まさに二人だけの世界で他と切り離されてしまったような錯覚を覚える。
鬱陶しい雨すらも、気にならなかった。



「丁度いいんだ、俺と」



へへ、と今度は照れたように笑う。
人間、こんなに多種多様に笑えるだなんて綱吉に会うまで知らなかった。
綱吉には兎に角表情のレパートリーが馬鹿みたいに多い。



「雰囲気がタイプかな」



そして素知らぬ顔をして爆弾を次々に落としていくのだ。
恐ろしい。
スカルは天然爆弾発言に気づいていない綱吉に哀れむような瞳を向けておいた。
これでは救いがない。



「な、何だよ」

「いや……。アンタは馬鹿は馬鹿でも究極の馬鹿だったんだな、と」



フッ、と明らかに馬鹿にしたように笑ったスカルに綱吉は顔を真っ赤にして憤慨する。



「うううううるさいなぁ!!そりゃあお前に比べりゃ誰だって馬鹿だよ!!あ、リボーン達は別として」



あれらは特別だ。
色んな意味で規格外。
同じ物差しで測ろうってのがそもそもの間違いである。



「まぁいい。で、いつまで気分転換してるつもりだ?俺には時間が無いんだが」

「お前……」



とても穏やかで心地好い雰囲気を一刀両断だ。
何て酷い。
ああ、でもそうだ。
あれらは特別。
色んな意味で規格外。
同じ物差しで測ろうってのがそもそもの間違い。
そう、つい今しがた思ったばかりではないか。
綱吉はやるせない思いにうちひしがれながらも、「ソウダネ……」と呟きくるりと紫陽花に背を向けた。



「ま、そうだな……」

「んー?」

「船上で紫陽花の増殖に成功したらアンタに見せてやるよ」



手にした紫陽花を眺めながらスカルはニヤリと綱吉を見て笑う。
虹の子は素直に笑わない。
大体彼らの生産する笑顔というのは見たら最後と戦慄する悪魔のような笑みであったり、このようにニヒルな笑みであったりする。
実に挑発的だ。
しかし綱吉も何年も一緒に居れば慣れてしまうもので、対して気にしていなかった。
それこそ昔は生意気なガキだなと苛つくくらいはしただろうが、今になって考えてみれば苛ついたところで敵う相手でもない。
敗北は目に見えている。



「でもお前んとこの船って軍艦じゃん。ロマンが無いよね」

「ハッ、アンタにロマンとか何かの間違いだろ」

「てめっ!チクショー!」



言い返せない綱吉だ。
仕方がない。
実際にそうなのだから。
ぐぬぬぅと下唇を噛んで唸っていると、急に雨脚が弱くなった。
つられて空を見れば、僅かながらに曇天が白み始めている。



「この分だと止むね、雨」

「あぁ。そうだな」

「虹出るかなぁ」

「さぁ。どうだろうな」



植物は雨上がりが一番生き生きするものだ。
綱吉はスカルを見送るついでに雨が止んでいたらまた再び足を伸ばそうと考えて頬を緩めた。
その隣でスカルがやれやれとため息を漏らしつつも微笑んでいたことも知らずに―――……。



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