小説:-)

□1周年記念フリー文
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サルビアの花





執務室に戻ると、真っ赤な花が置かれていた。
綱吉は手に持ったさほど重要ではない資料の数々から目を離し、その花をポカーンと口を開けたなんとも間抜けな表情ながらにマジマジと見つめる。
とりあえず執務室にはロックがかかっている筈なので、綱吉本人だという証拠(主に指紋などパスなど)や綱吉自身の許可が無ければ入れないという事になっているのに。
それを無視して入って来れる人間といったら、守護者かヴァリアー幹部か、アルコバレーノ。
主にセキュリティ破損の方向性でやってきてくれるのであるが、本日の損害は0。扉も蹴破られてないし、窓も破れていない。



「……誰だろう」



ビックリから不信感の視線へと切り替えた綱吉は、手に持った資料を置き何かメモ等が付いていないか確認する為、サルビアの花に触れた。



「いいだろう、その花」



ピクリ、と綱吉の手が止まる。
しかしいつの間に背後を取られたのかとこわばった緊張の面持ちは、次の瞬間崩れ落ちた。
その声。聞いたことがある。
綱吉は溜め息を吐きつつ、ゆっくりと後ろを振り替える。
するとそこには、珍しく機嫌の良さそうなラルが立っていた。



「これ、ラルが持ってきてくれたの?」

「ああ、そうだ」

「……此処へはどうやって?」

「心配するな。ちょっとした技法があってな。それでキーを惑わせただけだ」

「いやいやいや!?十分気にしますけど!!?」



フッ、とやたら自慢気にとんでも発言をしたラルに綱吉は有り得ない!と声を荒げる。
毎度毎度、どうしてこうも皆様こぞって執務室のセキュリティ粉砕に念を入れるのだろうか。
いくら新調しても、残念ながら結果は同様。
最早諦めるしかないのか、と綱吉は思っているがセキュリティ云々の問題以前に守護者や暇な他の輩自身がセキュリティになっていることには気付いていない。



「今朝、オレガノの付き添いで花屋に行ったんだが。花屋の男が俺にくれたんだ。花言葉が気に入ったから、ツナにやるぜ」



ニィ、とラルの口元が持ち上がる。
否、それ、でも。
多分それは花屋のお兄さんがラルを思って捧げた花ではないのだろうか。
というか明らかに。
綱吉は分かりきった未来を想定しつつも、とりあえずラルに質問をしてみた。



「で、その花言葉ってのは?」

「『燃える思い』だそうだ」

「うぅぅ……」



いたたまれない。
綱吉はあまりのいたたまれなさに思わず唸った。
これでは花屋のお兄さんが報われなすぎる。
何故その歌い文句でラルが自分にと思ったのかは知らないが。
なんというか、鈍いだろうラル。



「あー、うん……でも。俺、それ貰えない…かな」



オドオドと言葉を紡ぎ綱吉はラルを遠慮がちに見た。


「何だと?」



ラルの眉間に皺がよる。
声もイチオクターブ低くなる。
……怖い。



「だって、そのサルビア。花屋の人がラルを想ってくれたんだろ?俺が貰う訳にはいかないよ」



気持ちは嬉しいけれど、と付け加えて綱吉は困ったように微笑む。
好きな娘に勇気を振り絞って捧げた花が他の男に捧げられているなんて。
同じ男として、悲しみややるせなさが分かるというモノだ。
その綱吉の主張を読み取ったのか、ラルは小さく肩を落とした。
落としたのだが。



「花屋の男なんかに興味は無い。ツナは俺の事を鈍感というが自分はどうなんだ」



どうやらそれは呆れを含んでいたらしい。
ジットリした目で見られ、綱吉はキョトンと首を傾げる。
残念ながら、この時点で綱吉はラルの気持ちを分かっちゃいなかった。
サルビアの花言葉が気に入ったからだと、馬鹿正直に信じている。
これでは只の馬鹿だ。
ジリリ、と壁においやられながら綱吉は疑問符を浮かべ頭をフル回転させるもラルの機嫌を損ねるような情報は見当たらなかった。



「えっ、な、何?」

「ツナ、気持ちは嬉しいと言ったな?」

「う、ん……?」

「よし、ならサルビアの花は俺が育てよう。が、責任は取れよツナ」

「へっ?」



ジャポネーゼの悪い所は人に気を使い気持ちをうやむやにしてしまう所だ。
嬉しい、と言われたらそのままに受けとるのが普通だろう。
だからその責任。
サルビアの花は諦めるが、嬉しいと言った事は撤回させない。
嬉しいのならば、貰っておけ。
チュ、と可愛らしい音が響くのと同時に、綱吉は右頬に触れた柔らかい感触に目を丸くした。



「ラ、ララララルさん!?」

「じゃ、俺は仕事に戻るぜ。アリデベルチ」



サルビアを片手に窓を開け、そこからピョーイと飛び下りた彼女に綱吉の顔は茹で蛸の様に真っ赤である。
パクパクと酸欠の金魚のように口をせわしなく開閉しては、風に揺らぐカーテンを見つめた。
ラルは颯爽と仕事へ戻って行ったのでもうこの場には自分しかいないが。
行き場のない恥ずかしさに綱吉はヘナヘナとしゃがみ込んで、とりあえず「な、何で……?」と呟いた。



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