小説:-)

□一周年記念フリー文
1ページ/1ページ

野薔薇





荒れ地に風が吹く。
北の、塞果ての地で産声を上げた風が冷気を孕んで荒れ地を通る。
綱吉はそこに立っていた。
何もない荒れ地。
只々、茨が所狭しとその場を独占しており、全体的に棘だらけとなったその地。
茨に手を触れれば、綱吉の薄い皮を切り、肉に食い込み、鮮やかな血がぽたりと雫になってこぼれ落ちた。
花は咲かない。
そういう呪いだそうだ。
この薔薇達は、埋められた場所が場所。
太陽の光を知ることなく、美しい花を咲かせる手段を学ぶことなく、生きている。



「ダメツナ」



うしろから、ふわりと声が聞こえてきた。
幻聴なんかではない。
綱吉はゆっくりと瞼を閉じ、琥珀色の瞳を隠す。
くすりと自虐的に笑えば、後方から小さな溜め息が漏れた。



「テメーは暇なのか?ドン・ボンゴレ」



―――違う。
綱吉は心の中で呟く。
暇な訳がない。
仕事は山のようにあるし、雪のように積もるが溶けはしない。
他人に迷惑をかける事は勿論承知だ。
けれども、どうしても。
時折抑えられない激情が込み上げては咆哮を轟かせる。



「ホレ、帰るぞ。お前の故郷はこんな寒々しい所じゃねえ筈だ」



ぐいっと腕を引かれ、瞳を開ける。
――――違う。
故郷だなんて。
それは自分が築き上げたそれではなく、この男に与えられた物だ。
この躯は全て、この男の思いのままに磨かれている。
それはそうだろう。
それが、この男の役目だったから。
堕落した一般人を、完璧なボスに仕立てあげる。
欲しいものは自分で手に入れろと言う癖に、全てをこの男が決めていた。
思えば、本当に欲しいものをくれた試しがない。



「リボーン、やだ」



――――違、う。
この男がくれた故郷を拒んでいる訳ではない。
違う理由がそこにはあるのだ。
綱吉はそれに気付いて欲しかった。
否、本当は。
本当はこの男の事だからとっくのとうに気付いているのだ。
ずるい男。こちらが追い込まれるまで、いつも手を貸してくれなかった。
嫌だ。嫌。
こんな子供じみた真似が馬鹿らしい事くらい、綱吉だって承知している。
けれども、こうでもしなければ。こんな滑稽な方法しか知らないから。
この男の気を引き、この男を繋ぎ止めておく方法なんて。


そっと手に手を添えられて、そのままリボーンは綱吉の手を自分の口元まで運ぶ。
先程茨の棘が食い込んだ薬指からは、未だ血が流れ続けていた。
己と視線を交えることなく拒否の言葉を投げつけてくる綱吉の指に口付けて、真っ赤な舌をチロリと這わす。
綱吉の薄い肩が僅かに震えた。



「ったく、テメーは強情だぞ。いくら俺が読心術使えるからってな、言わなきゃ伝わらねー事だってあるんだよ。脱走して、心配かけて、迎えに来てもらって。餓鬼かテメー。言いたい事はちゃんとその小さい口で言いな」



ニィ、と笑う男に綱吉はくしゃりと顔を歪ませる。
今にも泣きそうな顔だ。



「言って、どうにか、なるのかよ……」



軋む肺から、精一杯声を絞り出す。
望みを声に託したところで、何になるというのだろうか。
他の愛人と同等の扱いなんてのはウンザリだ。
ただの生徒というのも、なんだか悲しい。
この男の生徒は自分だけではないから、尚更。
だから声に出すのには気が引けた。
手に入れたいという一方で、言葉を形にしてしまったら。幸せを手にいれて有頂天になれども、あとは落ちるだけだというのなら。
こうして、一時の幸せだけを定期的に摂取したほうが望ましい。
綱吉はボスになってから、今まで以上に臆病になった。
大きくのしかかってくる責任感に幾度潰されそうになったか知れないが、こんな稼業である。
綱吉は心の何処かで怯え続けていた。



「言え、ダメツナ」

「嫌だ」

「言え」

「絶対に嫌だ!!」



促すリボーンを、愛にまで臆病になった綱吉は難くなに拒む。
リボーンはリボーンで、綱吉がどう行動するかを伺っている。
YESを貰えると無意識に分かってての行動だ。
完全に甘えが見える。寧ろ甘えしか見えない。
しかしこの己を掴みたいのならば、それを言葉にしてもらわなきゃ始まらないのである。
リボーンは吸い込まれそうな漆黒の瞳に命令の色を添え、綱吉を見据えた。




まるで咲かない野薔薇。
身を守る為の棘だけが育ち、太陽と温度、豊かな水源もないまま来た薔薇は花を咲かすことなくただダンマリを続けている。



.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ