盲音の第一譜歌


□オーバチュア 〜序曲〜
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 普通の町のけっこうな豪邸の一室に、彼女はいた。
 名を椎名美月という。20の娘だが、彼女は両目が見えない、盲人だ。

 少々武道に名のあるそれなりに裕福な家で何不自由なく育っていたが、事故で両親は亡くなり、自身も失明した。兄がいたが、14の時に亡くなった。それ以来彼女はひとりで、暗闇の世界を生きていた。

 ただ、生きていた。

 障害者施設もあるし、幸いにも彼女にはお金もある上、特殊な能力があったため食うに困ることはなかった。

 手で触れるだけでその物の大きさ、色、形が把握できる。
 だが空しく日々代り映えのない生活を送ることに、嫌気がさしていた。

死にたい。

 今日もCDプレーヤーでドラマCDを聞いていた。

 テイルズ・オブ・ジ・アビス。

 生まれた意味を知るRPG……自殺願望の強い自分とは、真逆の存在に思えた。

 有名なゲームのシリーズのうちのひとつ。兄はこれのファンだった。彼女に健常者と同じようにゲームを楽しむことは不可能な話だったが、CD・小説といった他の媒体で兄同様アビスのファンになった。イラストを指でなぞり、ルークたちの容姿を確認したのは数年前――まだ兄がいたころ。

 大まかなストーリーは知っているが、彼女も結末に納得しない者の一人であることには間違いない。

 物語を紡ぐ声が消えてから、彼女は腰を上げた。這うようにキッチンまでのわずかな距離を進み、冷蔵庫を探る。いつもの位置にお茶がない。
(……買いに行くか)
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