盲音の第一譜歌
□ジュ・トゥ・ヴ 〜お前がほしい〜
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指先で本棚の資料の日付を確認して整理を着々と行っているミツキを、ヴァンはつぶさに観察していた。
顔立ちは口調通り凛々しい。リグレットやティアとは違う部類の美人だ。
何より頭もよく器用。そして――。
(強い)
あの魔物相手の立ち振る舞いは、ヴァンから見て素晴らしかった。おそらく、今後計画に引き込もうとしている六神将候補たちよりはるかに強い。
ディストの検査では、彼女は第七音素が使える。本人も気づかなかったらしいが、あらゆる音素が使えるので戦闘力はかなりのものだろう。
昨日は訓練所で、カイザーディスト初号機をボロボロになるまで痛めつけていた……薙刀で。
なのに、両目が見えていないことが不思議でならない。
彼女に資料整理を任せられるのは、彼女自身の特異体質にある。
触れれば物が『視える』。指先の感覚が常人を超越している。大きさや形だけでなく、色までわかってしまうという。
『ND2015、栄光をつかむ者、女を保護す。女は長き旅を終え、失われた居場所を求める。預言を滅ぼすために孤独の戦士となるだろう』
あれはおそらくユリアの預言……ミツキ本人の経歴からも、内容が一致しているように思われる。彼女は傭兵として旅をしていたのだから。失われた居場所というのは、崩落したホドのことだと思う。
そして、『預言を滅ぼすために孤独の戦士となるだろう』。
気になるのは「孤独の」の部分だ。預言を滅ぼすつもりなら、ぜひ仲間に引き入れたいところだが、ユリアの預言はどこまでも正確。おそらく誘ったところで仲間にはなるまい。
だが、引き入れる価値はある。
凡人と違うのはそれだけでない。
『失礼します! 報告書をお届けにあがりました!』
やってきたオラクルナイトに「御苦労さま」とミツキが不敵にほほ笑んだ瞬間、報告書を運んできた兵たちは背筋をただして頬を染めた。ミツキにはもちろん見えていない。
「そのへんに置いておいてくれ」
『は! ……その、よろしければ、お運びしましょうか?』
「おお、それはありがたい。右の机が空いていると思うが、そこに運んでくれ」
『は!』
てきぱきと動く兵たち。ヴァンは感心した。この人望もすばらしい。
美月が自分やディストの周りをうろつくようになってから、神託の盾内に妙なミツキ人気が炎上してしまった。
いや、いいことなのだが、なんかこう、気に障る。
「いや、私がやろう。おまえたちはさがれ」
とヴァンが少し睨みながら追い返すと兵たちは逃げた。それを気配で知ったミツキは、呆れたように振り返った。
「おーいヴァン。怯えさせて何が楽しい?」
「別にそんなつもりはなかったのだが」
「……無自覚かよ」
出会って数日だというのに、ミツキはヴァンのお気に入りだった。どんな悪態をつかれても平気。
「ふ……おまえも人のことは言えまい」
自分がどんな魅力を持っているかミツキは無自覚だった。
「? どういうことだ?」
書類整理の手を止めて、彼女は首をかしげた。
なんだろう、と考えていたので、総長が近くに寄ってきたのに気づかなかった。
「ミツキ……」
そのとき、誰かが慌てた様子でやってきた。だが、兵たちは美月が本棚を背後にして、総長が美月に寄り添っているのを目撃し、顔を赤くした。
『お取り込み中失礼します!』
ヴァンは不機嫌そうに「何だ」と言った。
状況の理解できない美月は、まさかヴァンが間近に立ちはだかっていたなんて知る由もない。
『もももも申し訳ありませんっ! ディスト響士がミツキさんをお呼びです!』
ミツキのほうはそれだけで理解した。ディストに気に入られたのはいいが、戻らないからと言って研究員たちに当たり散らすのはやめてほしい。
「あー…………わかった。すぐに行く。大人しく待ってろと伝えてくれないか?」
『は!』
兵たちが出て行ってから美月は総長を見上げた。
「つーわけでヴァン総長。帰る。あの馬鹿は放っておくと暴走しかねない」
確かに美月がそばを離れるのは不本意だが、ディストが暴れるのも面倒だ。
「わかった。……ああ、ミツキ」
白い杖をついて、戸口に向かったミツキをヴァンは呼び止めた。彼女はあの杖で周りの物を確認して歩いているようで、特にヴァンも気にしなかった。実はコンタミネーションで、杖の表層部に薙刀をしまいこんでいたりする。
「なんだ?」
くるっと腰から上を振り返るミツキはヴァンの胸にストライクだったが、表情には出さず続きをいう。
「大事な話がある。夕食を一緒にどうだ?」
口調がいつもより真剣なので、ミツキはひょっとしてと思った。
まさか計画について話すつもりだろうか。
「ほー、総長が大事な話なんてめずらしい。うん、いいぞ。ディストにはテキトーに理由つけてここに来る。あ、デザートはチーズケーキがいい」
「ふ……よかろう。ではまたな」
「おう」