盲音の第一譜歌
□ジュ・トゥ・ヴ 〜お前がほしい〜
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美月は杖先を床に滑らせながら、ディストの部屋へ帰ってきた。
道中、美月を見かけたオラクル兵たちが「ご案内しましょうか」と話しかけてくれたが、地図を頭に叩き込んだので、見えないとはいえ歩けた。
戸を叩いて、入室許可を仰ぐ。
「私だ。入るz……」
ぞ、を言う前に乱暴に扉が開いた。
「ミツキ! なんで報告書を届けるだけで二時間もかかるんですか!」
おそらく目の前に立っているであろうディストさんからは怒りの気配を感じた。
「あーうー、すまん」
「まったく……」
問答無用でミツキの腕を掴んで中に入れるが、あくまで盲人の彼女が転ばないよう妙に丁寧な扱い。そういえば最近、足もとがきれいに片づけられた。ミツキが来た影響だと研究員たちは笑っていたが。
それもこれも、ここに入った初日、美月が床のコードを足に引っ掛けて転びそうになったからである。
ディストが腕を掴んで連れてきた女性に気付いた研究員たちは声をかけてくれた。
「おかえりなさい、ミツキさん!」
「ああ、ただいま」
なるべく声の方向に顔を向けるが、四方八方から声をかけられたので困った。
「総長にセクハラされませんでしたか!?」
「御無事で何よりです!」
「……………」
ここの研究員たちは何を心配しているんだか。
「あなたたち、仕事に戻りなさい。……ミツキ、例の件で話があります。奥にきてください」
例の件とは、美月の目のことだ。
「ほーい。連れてってくれ」
ディストの奥の部屋に辿り着くのは、片付いた今でも不安だ。
師団長の執務室もとい研究室は、相変わらずごちゃごちゃしていた。ディストが足場を確保してくれなければ、ミツキは絶対こけていた。自信を持って言える。
ディストは空いてる椅子にミツキを座らせ、自分はあの音機関ソファーに落ち着き、紅茶をいれた。……ビーカーに。
別にかまわないが、三角フラスコよりマシだ。
そう思いながら一口飲んでいると、ディストが口を開けた。
「あなたの目のことですが――」
ディストは検査のついでに、美月の目を診てくれた。美月の目は見えない証のように、白く濁っているため、わずかにグレーになっている。太陽の光が強いこともあるが、この目が嫌いで普段は目を閉じているというのもある。
当然、日本でもそれなりの治療を受けたが、ダメだった。もう絶対治らない。
「確かに治す方法はないようです」
と、残念そうに言ったディストに、ミツキは笑った。
「だから言ったじゃん。治らないと」
「面目ないです……この薔薇のディスト様をもってしても不可能だなんて!」
きーっとなりだしたディストに、ミツキは苦笑した。
「でも治そうとしてくれたんだろう? ありがとう」
にこっとほほ笑んだ美月にディストは動揺した。
「/////! 礼には及びません! それに……」
「それに?」
ミツキが首をかしげていると、ほほにぺたっと手が触れた。ディストの妙に細くて長い手が頬を伝って、瞼に軽く触れた。
「あなたは、何か光の粒のようなものが見えると言いましたね?」
美月は頷いた。
無機物でも有機物でも、白い影のようにその物体の輪郭が見える。よく見ると光の粒子の集合体で、人間ぐらいの高等生物になると個人で微妙に色が違う。地球では見えなかったからなんだろうと思ったから、地球のことは話さず、とりあえず粒子のことだけディストに聞いてみた。ディストは興味を持って調べてくれたらしい。
「それは物体を構成している音素だと思われます。戦闘時に魔物を殺したあと、音素になって消えるでしょう? それがあなたには常に見えている。なぜだかは分かりませんが」
「そうなんだ……なんで見えるんだろう」
夢主にオプションされる特別な能力ってやつか?
「個人で微妙に光の色が違うのは、音素振動数の違いが関係しているのでしょうけれど、それでは魔物などに色の違いが見受けられない説明になりません。特に害もないようですし、まぁ特異体質だと思っておきなさい」
「うん。ありがとう」
やはり、ローレライの最後の言葉通り、何か特別な「力」でももらったのだろうか。
かれは最大限の力を貸し与えるといった。だから第一から第七までの音素が使えて、ヴァンと互角でも別に不思議には思わなかったし、むしろ願ったり叶ったりだった。
考え込んでいると、ディストが心配げに話しかけてきた。
「……ミツキ?」
「え、いや、なんでもない。本当にありがとう……サフィール」
「!?」
案の定ディストはびっくりした。まじまじと視線が来る気配に美月は苦笑すると、我に帰ったディストが声を上げた。
「なぜその名を……!!」
頬から離れた手を握り返して、不敵な笑みを浮かべてやった。
「私は何でも知ってる。この知略と情報力で生き残ってきたんだ」
ホド消滅の後の苦しい生活のことを言っていると思ったらしいディストは、続きを言えず言葉に詰まった。その隙にミツキは踵を返した。
「ちょっとミツキ! まだ話は……!」
「ヴァン総長に呼ばれてるんだ。また明日な、サフィール・ワイヨン・ネイス」
彼女は本名をフルで知っていた。