シリーズ

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星野美雪。花も恥じらう暇も無いほどにぶっ飛んでいる16歳高校一年生。

外見は細身の優等生然とした自然な黒髪に、銀フレームの控え目な眼鏡。
そしてその外見を裏切らず成績もトップクラス。
黙っていればそこそこに美少年に見られる星野だが、もはや彼と関わりを持つ殆どの人間が知っている事実がある。


星野美雪は変人である。






「愛に向かって突っ走れ!6」






「先生!うちの学校には何故飛び級制度が無いんですか!?」

本日で何度目になるか分からない問いかけに、大垣南高1年2組の担任・綾瀬芳明は、眉間に深い皺を形成し答えた。

「何度も言うが、どう言われても無いものは無い。」

「っぬぁあああああ〜〜〜!それじゃあ僕はいつまで経っても軍司さんと同級生になれないじゃないですかぁああああ〜〜〜!!」

「当たり前だ。年が違うだろうが。年が。」

床に膝を突き頭を掻き毟り絶叫する星野を後目に、綾瀬は溜め息を吐きながらデスクに向き直る。

綾瀬の受け持つクラスには不良と呼ばれるような生徒がいない。それは他の教師から見ればとてもラッキーな事だ。
しかし綾瀬はどちらかといえば現代に珍しい武闘派(※注:自称)教師であって、寧ろ来るなら来い不良共、先生にぶつかってきてみろ、さあその社会に向けた不満を先生の胸で吐き出すんだばりに熱血教師なわけだが。いや、そうありたいのであるが。

その綾瀬を完全に黙らせてしまうのがこの生徒、星野美雪だった。
星野は不良ではない。全くの真逆、外見で言えば「真面目」を絵に書いたような優秀な生徒だ。
清く正しい高校生は斯くあるべき、という見本を提出しろと言われたら出しても良いほどだ。

そう、外見だけならば。

「軍司さんと一緒のクラスになる為なら死ぬ気で勉強しますから!ねぇ綾瀬先生!」

お前は何処の舞台俳優なんだと質問したくなるほどのリアクションで星野が綾瀬に縋り付く。

星野はその辺の質の悪い不良なんかよりもよっぽどぶっ飛んでいた。
二年の石神軍司に惚れた好きだと公言して憚らないわ、いやそれ以前に何かしらの奇行が目立つ生徒だったようにも思が、兎に角その想い人・石神とつるむようになってから更に奇行が悪化したのだ。
ふざけているのでもひねくれているのでも非行に走るのでもなく。

ただ純粋に頭がおかしい。
法律や校則で裁けない範囲で。


手に負えない。負えるわけがない。


因みにその星野の意中の人である石神はこの学校の番格ではあるが、生徒は勿論教師からの信頼も厚い男前の生徒だ。
綺麗に剃り上げられた頭、蓄えられた顎髭、威厳のある慈愛に満ちた眼差し。
高校生ならぬ威厳のある風格を持つ石神は目上の者に対する礼儀作法はきっちりとしており、後ろ暗いところのある者なら教師すらたじろいでしまうほどである。

そして家が寺だからか菩薩のような寛大で包容力のある優しさに、下級生同級生も通り越し上級生である三年生にまで絶大な人気を誇る石神。
そこに文武両道とくれば、教師として文句のつけようがない。
いやわざわざ文句をつけるものなどいない。協力を仰ぎたいくらいだ。

石神の在籍するクラス、2年5組を担任する須磨栄美子などは、石神をクラス委員長に据え悠々自適な担任ライフを満喫している。
因みに石神のいるクラスには二年の素行不良面子がかき集められているのだが、全員が石神信者の為授業妨害する生徒や無断欠席する者は一人もいなかった。
唯一一年の不破がたまに乗り込んでくるくらいだが、石神がきちんとコントロール出来ているため問題ないだろう。

という訳で皆、親の言うことも教師の言うことも一向に聞かないが、石神の言うことだけは聞く。一つ返事で大変素直に頷く。


まあ俺もそういう教師になりたかったわけだよ、生徒の信頼厚い頼りがいのある教師にな。

綾瀬はそこまで考え星野に視線を戻す。
星野はすっかり落ち込んでしまったような悄然とした顔で、綾瀬の背後にある窓から外の景色を眺めていた。
綾瀬は教職に就いているわけで、普段ならば今の星野のように落ち込んでいるような生徒には率先して声を掛ける義務があるのだが、如何せん相手は星野。
今だってまともな事を考えている保証など全く無い。
それでも声をかけてしまうのは責任感か、惰性か。

「…星野。アメリカあたりに留学すれば飛び級も夢じゃないぞ?」

「いえそれは軍司さんと離れ離れになってしまうので却下です。」

呆れも侮蔑も笑いも無くクソ真面目に返答され、綾瀬は何故だが自分がどうしようもない事を言ってしまったような気がしてきた。

この男もかなりお人好しである。

「失礼します。須磨先生はいらっしゃいますか。」

職員室の喧騒を、凛とした低く優しい響きのテノールが割る。


 
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