シリーズ
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綺麗に剃り上げた禿頭、顎髭、学生服をきちっと纏った逞しく立派な体躯。
「軍司さん!」
「あれ、星野…!?」
綾瀬の隣にいる星野を見て目を丸くする。
扉を開け入ってきたのは星野の想い人、石神軍司だった。
「綾瀬先生こんにちは、須磨先生…今はいらっしゃらないようですね。」
職員質内をざっと見渡し目的である須磨を見つけられなかった石神は、綾瀬のデスクに近付いてきた。
「軍司さん、今日も素敵ですね。」
「は!?何を言い出すんだお前は…っ」
真面目な顔で言い放たれた星野の言葉に、石神はさっと顔を赤くして俯いた。
「須磨先生ならもう少しで帰ってくると思うぞ」と言いかけ、綾瀬は石神のその反応に目を丸くする。
え何で?何で赤くなっちゃったの石神?
当の星野はというと、その石神の反応に気を良くしたのか満面の笑みを浮かべている。
「軍司さん可愛い…。今日、時間あります?」
「やっあのっ今日は部活遅くまでやるから…っ」
「待ってます。」
「う…そ、そうか…」
押し切られ、顔を真っ赤にし俯いてしまった石神を茫然と見上げ綾瀬は心中で絶叫する。
そんなまさか、石神お前…!?
「石神さーん、昼飯何処行きますか」
「うーん。そろそろ寒くなってきたからなぁ、普通に教室でいいんじゃないか?」
「っすね!机くっつけましょ机!」
4限が終わった直後の2-5教室。
佐川の問いに石神が答え、大伴がそれを受け迅速に行動に移す。
近場の机三つをくっつけ席を設けた後、石神が朝から机の脇に掛けていた大きな袋を机上に出した。
「今日はお重にしてみたんだ。あ、こっちおむすびな。みんなも良かったらつまんでくれよ、調子乗って造り過ぎちゃってさ」
佐川と大伴は勿論、5段重ねの重箱に興味津々だったクラスメイト達は、石神が照れ臭そうな笑顔と共に言った言葉に一気に重箱に群がる。
「石神くん本当に料理上手だよね!将来はそっちの道も良いんじゃない?」
「卵焼き超ふわっふわ〜っ」
「この肉じゃがも石神くんお手製!?凄いね〜!」
「唐揚げ美味しい〜!柔らかーい!」
「やめてくれよ皆、こんなの普通だって、そんな褒めても何も出せないぞ〜」
クラスメイトに群がられ褒めたたえられ、石神が心底嬉しそうに照れた笑顔を浮かべる。
その横では大伴と佐川が「お前らがっつくんじゃねえ!」と怒鳴りながらも、まるで自分がたかられているかのように顔をニヤケさせていた。
和気藹々とした雰囲気で昼食を摂り始める、2年5組。
そして。それを扉についたガラス窓の向こうから、呆然とした顔で眺める少年が一人。
……え?軍司さん……今日、屋上で食べないんですか……?
少年は星野美雪だった。
硝子窓にべったりと顔と手を張り付かせ、泣き出しそうな顔で視線を石神に送る。
今まで近くに感じられていたその存在が、一気に酷く遠くに感じられた。
自分は、石神がその環境を作ってくれなければ近くに行く事も出来ないのだ。
同い年の同級生であればあの場所に平然といられる権利があるのに、ただ一つの歳の差のせいでこんなにも石神が遠い。
神様の馬鹿野郎……!いや綾瀬コンチクショウ、お前がもっと有能なら飛び級出来たかもしれないのに!
ガラッ
「おい星野!お前何でこんなとこで泣いてんだ!」
「えっ」
星野が綾瀬に途方もない逆恨みをしかけていその時、星野の前に立ちはだかっていた扉が横にスライドし消え、代わりにスキンヘッドのガタイの良い長身の男が現れた。
黒い学生服に身を包み星野を見下ろして目を丸くしているのは、星野が愛してやまない男石神だった。
ついでに横に佐川と大伴も並んでいるのだが、星野にとって眼中に無し状態がスタンダードである。
「軍司さん……っいやすみません、僕ちょっとたまたま通りすがって」
「馬鹿かてめぇは!?たまたま通りすがった1年がなんで2年のクラスの戸に顔押し付けてベチャベチャに泣いてんだよ!?」
「そうだそうだ!つかお前マジ汚ぇぞ!鼻水鼻水!」
涙と鼻水で酷いことになっている星野の顔を見て、ガチャガチャと騒いだ大伴と佐川はどこからともなくボックスティッシュを持ち出してきた。
それを石神が受け取り、何故か星野の顔を拭いてやる。
「ほら鼻かめ。大丈夫かお前……」
「うぶーっずびばしぇ」
「わーわー何でこんな思いっきり泣いてんだよ、鼻水汚ねぇー……軍司さんマジ甘やかし過ぎっすよー」
「そっすよー!俺らだって軍司さんにこんな鼻水チーンなんてしてもらったことねーんすよー!」
泣いている星野の鼻をかませてやりながら、石神は背後でぶすくれている二人に困ったような視線をやる。
当然だ、高校の友人に「自分達は鼻ちーんしてもらったことがない」などといった理由で拗ねられて困惑しない人間など、そう滅多にいないだろう。