シリーズ

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頭がぼやける、視界が霞む。
重くだるい体を引きずり家に辿り着くが、そこに何かがあるわけでもなく。

「あーくそ、気持ちわり……」

階段を上り自分の部屋に入り、ベッドに倒れ込む。
そういえば母親は出張中で兄は当分家に帰って来ないはずだったと思い出したが、長浜圭人にはどうでもいいことだった。
ただ、気になることはただ一つ。

あいつはいつ帰ってくるんだろう








島崎彰宏が帰宅したのは、学校での授業を終えた後真っ直ぐに帰宅した、つまり何時も通りの時間だった。
母の瑛子はまだパート先から帰宅しておらず、妹のまなみも弟の和浩もいないようだ。
冷蔵庫の中身次第では夕飯の足しになるようなおかずでも作っておこうか、彰宏は取り留めもない事を考えながら自室へと向かう。

室内に入り鞄を椅子に置いて、一番最初に目に入ったのは隣家である長浜家とかなり近い位置に設置された大きな窓だ。
向かい合ように作られた長浜家の窓との距離、僅かに30cm強。
何故こんな作りにしてしまったのか、お互い何も揉めず工事は進んだのか、彰宏からすれば疑問なことだらけだった。
しかも彰宏には、この窓に対してすんなりと存在を認めてしまうわけにはいかない理由がある。
この窓を有する部屋の持ち主、長浜圭人のことだ。
生年月日性別と何もかも丸被りでこの世に出生した挙句、家が隣同士。
いやそれだけならば、偶然が生んだ仲の良い幼馴染みとして普通に暮せていたのかもしれない。もしかしたら。
しかし神は彰宏に試練を与えた。隣家の幼馴染み長浜圭人は、長浜家にとってはただの男児では無かったのだ。
長浜家には、彰宏と圭人から見てちょうど十歳年上となる長男・飛鳥がいる。
つまり長浜家の両親からすれば圭人は遅くなってから生まれた可愛い末っ子、飛鳥からみれば諦めていたところに出来た可愛い弟だ。
幼少期の愛くるしい少女のような外見も合わさって、圭人はそれはそれは周囲の人間全員に可愛がられて育ってきた。
よく言えば天真爛漫、自由奔放。はっきりいってしまえば傍若無人、傲岸不遜。
そこに同い年の男子よりも遥かに優れた体格と運動能力、そして容姿にまで恵まれ、圭人は最早同じ学区の学生達から「鬼・悪魔」と称され、恐れられるような存在となっていた。
そしてこのやりたい放題の圭人の最たる被害者と言っても過言でないのが彰宏だ。

物心がついた頃の記憶からして既に圭人に泣かされており、小中学校を経て現在に至るまで虐待と言ってもいいような扱いを受け続けている。
しかも圭人の家族は圭人可愛い可愛いの為、誰も彰宏を助けてはくれない。
しかし彰宏もすっかり慣れてしまったもので、いや最初からそのような境遇であるためおかしいとも思えないのだろうが、様々な嫌がらせを受けて尚、何とか生活している。
そしてこの彰宏の視界を今占領している窓こそ、その悪魔である圭人が彰宏の聖地を平然と侵略してくる入り口だった。窓が近すぎるため、圭人は玄関ではなく窓から行き来してくるのだ。
また今日も乱入してくるんだろうか。彰宏が怖る怖る窓から圭人の部屋を覗くと、そこには意外な光景が広がっていた。

圭人……?

ベッドに突っ伏しているピンク色の頭の長身の男は、間違いなく部屋の主である圭人だろう。
寝ているだけかとも思ったが、それにしては赤い頬と辛そうに寄った眉間の皺が不自然だ。
嫌な予感に、彰宏は直ぐ様窓を開け圭人の部屋に乗り込んだ。全く暖房の効いていない寒い室温にぞっとする。
こいつはこんな雪が降りそうな寒い日に、暖房も効いていない部屋で布団に入りもせず寝ているのか…!?

「おい圭人、お前大丈夫か!」

慌てて叩いた圭人の背は、服ごしにでも異常だと分かるほどに熱かった。
彰宏が驚きに目を見開き、圭人の肩を揺すりながら名を呼ぶ。
うつ伏せでいた圭人が反応し、薄っすらと目を開け機嫌の悪そうな顔を彰宏に向けた。

「うっせえあっきー……水……」












「うわ、39.5℃だってよ。こんな寒い所で寝てたんだし、どんどん悪化してるんじゃねーのか」

圭人の腋の下から取り出した電子体温計の表示に、彰宏が眉をしかめる。
圭人の額には冷えピタ、頭の下には氷枕。毛布は掛け布団の下に三枚重ねられており、電気の燈された部屋はすっかり暖まっていた。彰宏がかいがいしく世話を焼いた成果だ。
ゴホンと空咳をし、圭人は一言「飲みモン」とだけ呟く。そうすれば、それが当たり前のように彰宏が口元にスポーツドリンクの飲み口を差し出してくる。
ボトルは彰宏に持たせたまま、数口飲む。熱い喉を冷たい液体が下っていく感触に、少し体が震えた。
彰宏が心配そうに様子を伺っているのが分かる。圭人はそのまま彰宏の首に手を回し、ぐいっと引き寄せた。
正直高熱のせいであまり力は入れられなかったが、彰宏が遠慮したのだろう。


 
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