シリーズ
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大した抵抗はなく、圭人の頭の位置にまで大人しく引き寄せられてきた。
「圭人……?どうした、急に具合悪くなってきたとか?なあ、やっぱり早めに病院行こうって、俺タクシー呼んでくるからさ……」
「やだ、今日は無理。マジもう一歩も歩きたくない。明日行く」
「明日って……土曜日だから病院ギリギリじゃねえか?」
それで本当に大丈夫なのかと、彰宏が困惑したまま、圭人の頬に掌を乗せる。冷たい感触が心地いい。
彰宏はいつもこうだ。普段圭人にどれだけ手酷く扱われても、決して離れていかず必ず傍にいる。
自分が唯一の友人とも呼べる間柄のせいかとも思っていたが、最近彰宏の周りに沸いて出た連中との関わり方からして、もともとそういう性分なのだろうと思う。
何をされても根に持たず世話を焼いてしまうお人好しさは、長男という立場からくる習性なのだろうか。しかし圭人の兄である飛鳥も長男だが、とてもそんな部分は持ち合わせていない。あれほど冷徹で表裏の激しい人間もそうはいないだろう。
「あんなのにすっかり騙されちゃって、相変わらずお前って馬鹿だよな」
「は?」
熱に浮かされた頭で考えた事を突拍子もなく口にする圭人に、彰宏が怪訝そうな視線を向ける。彰宏がこの後何を言おうとしているかなんて直ぐに分かる。圭人は更に腕に力を込めて、彰宏を自分が寝ている布団に引き倒した。
「ちょっ圭人……!?」
「病院は明日んなっても熱下んなかったら行くって。それより寒みいんだよ、お前どうせこれ以上何も出来ねえんだから湯たんぽの代わりくらいしろ」
「はああー?え、つか寒いのか?」
「ん、結構厳しい」
「そ、そっか。ごめん、俺こんな中途半端じゃ布団の中冷えちゃうよな。」
寒気がしているのは本当だ。圭人の体が震えだしているのを見て、彰宏が慌てたように圭人の隣に潜り込む。
すかさず彰宏の体に手足を巻きつかせるように抱きしめ、圭人は熱のせいで熱くなった息を吐いた。
「圭人体あっちー……つかマジかなり震えてるけど、本当に大丈夫なのか」
「馬鹿大丈夫じゃねえっつの。いいか、お前ちゃんとここにいろよ。俺少し寝るから。勝手にどっか行ったら後で泣かせるからな」
「はいはい」
圭人の身勝手で子供染みた言葉にも、慣れている彰宏は別段気にするでもなく返事を寄越して来る。
寒さに震える体を紛らわすように、彰宏を抱きしめる手に力を入れる。
向かい合うようにして密着した彰宏が、少し躊躇いがちにだが背中をあやすように撫でてきた。
熱のある自分の体よりも体温の低いはずの彰宏の体。それなのに、酷く温かい気がする。
広がる安堵感に、瞼が本格的に重くなり始めた。
「あっきー……制服皺になんぞ」
「え、あ、うん。まあでも、いいよ、別に。明日土曜で学校休みだし」
「脱げよ」
「え?」
「脱げ、なんか服冷たい。ヤダ。服気持ち悪い」
「ええーー!?あ、じゃあなんか着替えてくるって。スウェットとかなら大丈夫だろ……」
「あああああやべまじさっみい、体震え過ぎて吐きそおえっ」
「分かった分かった!制服脱ぐから!」
「うん。パンツだけはいてればいいから」
「………」
ん……何だやけに狭くないか……?。身動きとれないぞ、どうした、つかあっつ!何だ……!?
狭苦しさと熱さに訝しむ彰宏が目を開けると、そこには幼馴染みの圭人の寝顔があった。
一瞬「え!?」と思うも、風邪を引いて熱を出した圭人に命じられ、裸も同然の恰好で添い寝させられたのを思い出す。
どうやら自分もそのまま寝てしまったらしい。今何時だろうと可能な限り視線を巡らせるが、時間が分かりそうなものは無かった。
自分の部屋を覗くように窓を見ると真っ暗で、とうに日暮は越した事だけは分かる。
諦め、改めて圭人の寝顔に視線を向ける。熱はまだあるのだろうが、大分落ち着いた呼吸になっているようだ。圭人の表情も和らいでいる。
圭人の背中に回していた手を、顔の方に持ってくる。汗ばんだ額や顔に張り付いたピンク色の頭髪をかき上げてやりながら、その体温を確かめた。
まだ熱いが、寝る前よりは大分下がっているように感じる。裸の身体を抱きしめている身体も、そういえば先程よりは熱くない。
でもまだ高いは高そうだな、もう一回熱測ってみるか。冷えピタも換えてやらないと
彰宏を抱きしめるように眠っている圭人を起こさないよう、慎重にゆっくりと手を枕元に延ばす。電子体温計を手にとり、後部のスイッチを押した。ピッと、甲高く小さい電子音。
「んんん〜……あっちい……」
「あ、ごめん起こしたか?具合どうだ」
「……んー……さっきよりは楽……つかマジあっちぃ〜、汗だくなんですけど……」
目を覚ました圭人が、うっすらと目を開けながら悪態を吐く。「これもベロベロだわ」と、緩慢な動作で額から冷えピタを剥がし、床に放った。