シリーズ

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「田端さんっあの、これ、受け取ってくださいっ」

「はい!?」

経理部の綾川さんが突然差し出してきたピンク色の箱と、その勢いに固まる。
こんな喫煙所まで足を運び、真っ赤で必死な顔で俺に突きつけている箱。
最初は全く意味が分からず呆然としてしまったが、今日の日付けを思い出しはっとなった。

2月14日。今日ってバレンタインデーだったのか……!

気付き、改めて綾川さんに意識を向ける。
このノリは、恐らく本命チョコではなかろうか。周囲でニヤニヤ笑っている同僚達の視線が痛ぇ。綾川さん、何も人前で渡さんでも。
こんな状況で断るのもアレだしなあ、でも誤解されるのも嫌だし、ちゃんと言わないと。

「あの、ダメですか……?」

アイライナーとマスカラでしっかりとメイクされた目が、泣き出しそうに潤み見上げてくる。
うわ参ったな。結構押しの強いタイプだったのか、このコ。

「俺にですか?ありがとうございます。いやー俺恋人いるのにいいのかな、綾川さんみたいな可愛い女性からチョコ貰っちゃって。」

なるべく笑顔になるよう心がけて言うと、綾川さんはさっと顔色を変え無表情になってしまった。
うーわーやべえか……?

「あ、じゃあ是非彼女さんと一緒に食べてくださあい。銀座の有名なお店のなので、すっごく美味しいとおもいますよぉ。」

それでも直ぐに笑顔になった綾川さんが、俺の手にピンクの箱を押し付けてきた。
えええっ

「ちょっと、綾川さん……っ」

「いいから受け取ってください!じゃあ!」

そうして俺の手にピンクの箱を残し、綾川さんはとっとと喫煙室からでていってしまった。
後には、呆然とする俺含む、男三人だけが取り残されていた。








「馬鹿弟初号機発動中5」






「聞いたよ田端ちゃあ〜ん。経理部の綾川琴葉ちゃん、ふったんだって?」

俺の肩に手を置きニヤニヤと意地悪い笑顔でひっついてくる谷川に、盛大にため息が漏れた。
はあ。人前であんなやり取りすりゃあ、さすがにどっかで噂になるだろうとは思っていたが、よりによってこいつから一番初めにその話題をふられるとは。

谷川は俺と同期入社の男だ。何となく根暗と言うか陰鬱な雰囲気のあるおとこで、俺はあまりこいつが得意ではない。しかも矢鱈に人に絡んできやがるし。

「ふったなんて話じゃねえよ、相手がいるって正直に言っただけだ。」

「あんな美人を秒殺できるって、さすがイケメンは違いますね〜。きっとさぞかし美人な可愛い彼女をお持ちなんでしょうね〜。1回紹介してほしいなぁ。」

「………」

谷川はこれ見よがしにデカイ声で厭味を言いまくる。今や声の届く範囲にいた社員達が全員こっちを見ている程だ。

そんなに言うんなら見せてやろうじゃねぇか。

「ほら、これが俺の可愛い恋人だよ」

「は?」

目を丸くする谷川に、俺はワイシャツの胸ポケットから取り出した携帯電話の待受け画面を見せてやる。
長方形のでかいディスプレイには、勝ち気な笑顔の康平と、首をがっちりホールドされている若干哀れな顔をした、飼い犬のマルオ。

「何だよ……」

「可愛いだろ、これが俺の恋人だよ、弟の康平。」

「も〜っやだ田端くんてばー!」

自信満々に谷川に笑ってやって携帯電話をしまおうとした俺の背後から、黄色い声が響く。
同じ課の女性陣が、俺の携帯電話を覗き込んで笑っていた。

「康平くんって10コ離れてるっていう弟くんだよね!?確かに可愛い〜っ」

「田端くんてホントいいお兄さんだよね、いや、なんか10コも離れてると寧ろ子育てじゃない?」

「田端くんて確か弟くんの野球の練習付き合ってあげたり、試合見に行ったりしてるんだよね?良いよね野球、私も男の子生まれたらやらせたいなー」

「私も私も!田端さんもやっぱ野球やらせるんですよね?田端さんが息子さんとキャッチボールとかしてるの、きっとスゴク絵になるだろぅなぁ……」

「ええ?や、いやぁどうだろうなぁ……な、いまいちだよな多分?」

というか、何故みんな俺が康平と練習したり試合見に行ってること知ってんだよ……!?

突然5〜6人の女性に囲まれての会話の猛攻激を喰らい、正直かなり狼狽してしまう。
助けを求めようと谷川に話を振ってみると、思い切り睨まれた。

え?

思うものがあり、ちらりと周囲を見回す。
部署内にいる男連中。俺の勘違いでなければ全員が「けっ」という顔をして俺達を見ていた。

げぇええ!俺が悪いのかよ!?

「であの、田端くん、義理なんだけど私からもチョコを〜」

「私も〜」

「あすいません!俺午後一で打ち合わせ入ってるんで!その後はヨツヤマ屋さんとこに商品説明予定だし、今日はそのまま直帰ってことになってますんで、お先です!」

一気に言い切り、自分のデスクの上のスーツケースを掴み逃げるように廊下に飛び出す。


 
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