シリーズ
□18
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決して手が届かない相手というのは、どうしてこうも魅力的なのだろう
お人よしで、しっかりしていそうな外見に似合わず少し抜けていて
屈託なく笑う顔は誰よりも可愛い
分かりきっているんだ。
手が届かないから魅力的なんじゃない
他の誰よりも愛しい人が、自分の手の届かない人だった。ただ、それだけのこと
「隣の悪魔18」
「飛鳥、キャッチボールだぞ、拾って投げるんだぞー、そおれ」
幼い頃の一番古い記憶。笑顔のその人が放って寄越した黄色く柔らかいゴムボールが、俺の前でポンポンと跳ね足元に転がる。
ただそれだけのことがとても嬉しくて、俺は手に余るそのボールを全身で抱えるように持ち上げて、よたよたとその人に駆け寄る。
「ましゃひろー、もっかい、もっかい」
「よし、ありがとう。ただな、投げて返せよ、こう、ポーンてな。じゃあもう一回行くぞー」
俺からボールを受け取った雅広さんは、俺の頭を優しく撫でて少し離れると、またボールを投げて寄越した。
俺はこのやり取りが嬉しくて、何度もボールを抱えては雅広さんの所に持っていく。
「投げるのは難しいかー」と笑う雅広さんが俺を撫でてくれる手、その感触と見下ろしてくる暖かい眼差しを、何度も味わいたくて。
機能不全家族、とまではいかないだろうが、自分の家庭は子供には寂しい家庭だった。
両親の仲は悪くないが、どちらも働き詰めであまり子供である俺には構わないようなスタンス。
俺は早々に保育園に預けられ、帰ってきたら当時存命だった祖母に世話になっていた。
世話になっているといっても、一緒に遊んでくれるわけではない。
ただ、気付いたら何故か、隣の家の当時中学生だった雅広さんが、よく俺と遊んでくれていた。
「雅広くん悪いわねー毎日……無理しないでね?」
祖母が俺を抱いてくれている雅広さんにお菓子を振る舞いながら、申し訳なさそうに礼を言う。
雅広さんは屈託のない笑顔で
「俺一人っ子だから、飛鳥が弟みたいで楽しいんすよ!飛鳥ー!俺はお前の兄ちゃんだからなー!」
と、豪快に笑ってみせた。
「飛鳥ちゃんももう来月には小学生かー、早いわねー」
雅広さんのお母さんが、夕飯を食卓に並べながら言う。
「早いよなー俺も年取るわけだわ」
「あんたまだ19でしょうが、何なのそのジジ臭いセリフは」
「はっはっは」
雅広さんの言葉に、雅広さんのお母さん、達子さんが「やーねえこの子は」と突っ込み、雅広さんが笑う。
帰りの遅い両親に変わり、まるで本当の家族かのように育ててくれたのは、隣の島崎家だった。
達子さんは専業主婦で、この頃体調を崩し入院してしまった祖母に変わり、俺が保育園から帰ってくると、バス停で待ってくれていて、母親が帰ってくるまで俺の面倒を見てくれていた。
雅広さんは大学生になっていて、それでも変わらず俺と遊んでくれていた。
「小学校ってどんなとこなのかな、僕、ちゃんと友達できるかな」
「飛鳥なら大丈夫だ。お前何たってイケメンだし、何より俺の弟だからな。自信もっていけ!」
「実際にあんたの弟なら怪しいけど、飛鳥ちゃんはみほのちゃんに似て美形だし、頭いいしね。大丈夫よ」
俺が不安で呟いた質問に、親子は笑って答えた。
二人に交互に頭を撫でられて、じんわりとそのヵ所が温かくなる。
それは自分の実の両親が与えてくれない感触だった。
ポロリと、本音が漏れる。
「僕、本当に雅広さんの弟だったら良かったのに。おばさんとおじさんが、本当のお母さんとお父さんだっら良かった……」
一瞬、複雑そうに達子さんが表情を曇らせる。
雅広さんが、俺の額をぴんと弾いた。
「うっ」
「あーすか、そんなこと言ったら駄目だぞー?お前のお父さんとお母さんは、お前が可愛いから一生懸命仕事してお前を育ててるんだ。第一、二人がお前を生んでくれたから俺達はお前に出会えたんじゃないか。」
「そうよ、飛鳥ちゃん。だから寂しい時はいつでもうちに遊びに来なさいな。おばさんも飛鳥ちゃんみたいな素直で可愛い子、大歓迎なんだから。雅広はガサツだからねぇ……」
「なんだよそれ!母さんひでえな!」
二人が笑うのにつられ、俺も笑顔になる。
二人が島崎家はいつも、俺を暖かく包んでくれていた。
「雅広さん、僕、雅広さんが大好きだよ。僕いつまでも雅広さんといていいの?僕、本当に雅広さんの弟でいいの?」
いつものように雅広さんが風呂に入れてくれてる最中に、縋るように尋ねる。
振り返り見上げると、俺の背中を洗っていた雅広さんが、「おうよ」と頷いた。
「俺も大好きだぞ、飛鳥。俺達はずーっと兄弟だ」
雅広さんの笑顔はいつも優しい。
俺はたまらず雅広さんに抱き着く。
二人とも泡だらけだったせいで、俺達はそのまま滑ってマットの上ですっ転んだ。