シリーズ

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「マジめっちゃ旨いっす石神さん!俺幸せです!」

「この鰤と大根の煮付けマジ旨!大根とろけてますよ!」

「そうか!?この間、親父が圧力鍋買ってくれてさ、今日それ作るのに初めて使ったんだ。」

料理を誉められた石神が、はにかみながら嬉しそうに笑う。

半袖の黒のポロシャツにジーンズというラフな格好に、ベージュのエプロンをしている石神。
その格好で椅子に座りテーブルに肘を掛けている姿は、顎髭を生やした外見も手伝いパッと見何処かの喫茶店のマスターか何かのようだ。

大伴と佐川が座るテーブルの上には、和食を中心とした煮物や炒め物の数々。

二人は白米の入った温かい茶碗を片手に、感嘆の声を上げながら石神の手料理をご馳走になっていた。

二人の動作を見る限り大袈裟なようにも感じてしまうが、世辞抜きに石神の料理は美味い。

「石神さん、そういや今度の土曜は何処と練習試合するんスか。」

「うん?今度は常高。」

「俺ら絶対応援に行きます!な、佐川!」

「勿論すよ!石神さんめっちゃバスケ上手いから、観ててすげー楽しいし!」

「馬鹿、あんまおだてんなよ。」


三人で談笑しながら、石神の美味い手料理を口に運ぶ。


佐川と大伴は久しぶりに訪れた至福の時間に、すっかり他の事はどうでも良くなっていた。





「ご馳走さまっした、石神さん!」

「ありがとうございました!マジ旨かったです!」

「いやいや、大したもん用意出来なくてわりぃな。じゃあ、気を付けて帰れよ。」


石神に見送られ、二人は夜の帳が下りた道を連れ立って歩く。
石神の家は寺であるため、周囲は木が鬱蒼と生い茂り暗く、高い塀の向こうは墓地だったりするわけだが、上機嫌な二人には全く関係のない事だった。

「石神さんマジで料理美味ぇよなぁ〜。毎日でも食いてえ。」

と佐川が言えば

「毎日…そりゃ幸せだなぁ…」

と大伴が返す。

「石神さん、料理美味ぇし優しいし…嫁にしたいっていう星野とか不破の気持ちも分かるよなぁ…」

「確かに。子供めっちゃ好きだし良いお母さんになりそうだし。」

何故そこで「良いお父さんになりそう」とは言えないのか。

全くの無自覚ではあるが、悲しいことに大伴も佐川も段々とあの二人に毒されてきているようだ。

寺の参道から大通りへと出る直前、人が前から歩いて来たため道を開ける。


二人で他愛もない話をしながら歩み、進行方向の分かれ道で挨拶をし別れた。

上機嫌な二人は、各々足取りも軽く自宅へと向かった。









「ふー、終わった。」

入浴後の風呂掃除を済ませ、一息吐く。


今日、石神家の管理する幽恵守(ユウエス)寺に居るのは、この家の次兄である石神軍司だけだった。

他の家族は皆、各々の予定が重なり出掛けている。

広い敷地を有した寺の周囲は鬱蒼とした木々が覆い、境内は浄闇に包まれていた。

家屋内とて全てが明るいわけではなく、石神が生活する上で必要な場所しか明かりを灯して居ないためほぼ暗闇に近い。

一般人なら憶してしまいそうなその暗闇だが、石神は既に慣れ親しんだものだ。
昼日中と変わらぬ要領で、広い日本庭園に面した本堂に通じる廊下を歩いていく。

石神はこの闇が嫌いではない。
秋口ということもあり少し冷えた空気は凛としていて、静謐が闇に満ちている。

絶え間なく聞こえてくる、虫達の控えめで透き通った恋の歌が耳に心地良い。

「綺麗だな…」


目を閉じ、耳を澄ます。


何時ものごとぐ清浄な空気に、身を委ねた。

が。

(……………ん。)

一定の密度で流れていた空気の気配が変わった。

これは───


「誰だ?」

素早く背後を振り返る。

しかしそれと同時に項に鋭い衝撃を受け、石神の意識は途絶えてしまった。










『ワリぃワリぃ佐川、明日体育あったっけ?』

「おー。あるある、確か水曜日の英語と変更になったんだよな。」

『サンキュー。すっかり聞いたこと忘れちまってさー。』

帰宅後、大伴からかかってきた電話に出、佐川は自宅リビングのソファーに腰掛けている。


「明日も学校かよー、ダリィなぁ〜。どうせまた星野や不破に石神さん独占されて終わりなんだろうなぁ。」

はあーっと、佐川が深い溜め息を吐く。
伝染したのか、携帯電話の向こうで大伴も同じように溜め息を吐いた。

『だべな。ったく、そいや不破の野郎、今日は思いっきり殴ってきやがって…まだ顔と腹が痛ぇぜ。』

「俺もだよ。相変わらずムチャクチャな野郎だよ、今日だって石神さんのとこに夜這いに行くだの何だの…」


え?
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