シリーズ

□13
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「彰宏、今から清里の家に行く。準備しろ。」


と、飛鳥兄ちゃんが言ったのは。
夏休みの宿題のために使う辞書を探しに、俺が一階の本棚を漁っている時だった。

いくら何でも突然すぎますよ飛鳥兄ちゃん!

とは抗議出来るわけもなく、俺は言われるがままに三日分くらいの衣類とゲームと宿題や歯ブラシなんかを慌ただしく鞄に詰め一階に下りた。




「隣の悪魔13」




電気のついた玄関で、うちの母さんと飛鳥兄ちゃんが会話している。

「軽食用のオニギリとサンドイッチ入れといたから、宜しくね」

「ありがとう瑛子さん。ごめんね、気を遣わせてしまったみたいで…」

「やだなぁ、こっちがお世話になるんだからこれくらい当然だよ。飛鳥くん、うちの彰宏をお願いね。」

「はい。」

「それにしても圭人君が行けないのは残念ねぇ…あ、あっくん、準備出来た?」

こっちに気付いた母さんに答えながら、足早に車に近寄った。
この真夏の夜でも飛鳥兄ちゃんは黒地のスーツを着ているにもかかわらず、汗もかかず涼しげな顔をしている。対話している母さんは半袖Tシャツに生地の薄そうなパンツスタイルで汗かいてんのに、だ。


つーか。

「え、何?圭人行かねぇの?清里さんとこ。」

「色々と付き合いがあるそうだ。」

「もう高校生だものねー。」

そりゃそうだと相槌を打った母さんだが、ちょっと待ってくれ。その圭人と同じくもう高校生な俺はこうして否応無しに行くことになってるんだが、何かおかしくねぇか?

いや、行くけど。予定なんて全然無いからいいんだけども、でもなんか理不尽。

「今回は何日くらい行くの?」

「俺は休みが明日から3日間だからその間だ。お前は居たかったらもっとのんびりしてていい。じゃあ瑛子さん、行ってきます」

「そうね、時間かかるからもう出ないとね。あっくん、清里さんにはもう電話してあるけど、ちゃんとお行儀良くしてね?」

「うん。」

「それは大丈夫だよな。彰宏は礼儀正しくてしっかり者だって、清里のおばさん達に人気があるから。今回も『圭人くん来ないんだから彰宏君は絶対連れて来てね!』って念押しされたくらいだ」

微かに笑いながら言う飛鳥兄ちゃんに照れてしまう。
清里さん家は長浜家の親戚なのだが、毎年ついて遊びに行ってる俺をとても可愛がってくれる良い人達だ。

そこの人達にそんなふうに言って貰えているなんて、嬉しすぎて表情に困ってしまう。

照れて顔が強張ってしまった俺とは逆に、母さんは露骨に嬉しそうな顔をした。
ちょっと、恥ずかしいからやめてくれ。

「あらそぉお?良かったわねあっくん、さっきも電話したらね、厚美さん「彰宏君なら何日いてくれても構わないわよ〜」なんて言ってくれたんだよ。もー大人しそうな顔して実はマダムキラーだったんだな〜」

「な、何言ってんだよ母さんっも、行ってくるからっ」

「はいはい。じゃあ気をつけてね。」

勢いで外に出ると、8月も目前のモワッとした空気が身を包む。
夜だというのに熱気は収まる気配を見せない。
遮るものがなくはっきりと聞こえる虫達の声が暑さを際立たせているような気がする。

路上では飛鳥兄ちゃんの白いスカイラインが低いエンジン音を響かせていた。

母さんに見送られながら助手席に乗り込み、シートベルトを閉める。
行ってきます、と窓を開けて母さん挨拶した直後、車はゆっくりと発車した。

クーラーの風が涼しくて気持ちいい。

「悪いな。」

「ん?」

「いや、圭人の代打に強制的に連れ出してしまって。予定とか大丈夫だったか?」


若干流石に「え、今更?」と思わなくもないが、俺に大した友達も予定も在るはずがなく、文句は特に見つからない。
飛鳥兄ちゃんの横顔に視線を向ける。

「いや、俺全然予定無かったから、寧ろ連れ出してくれてありがとう。清里さんとこのみんなにも会いたいし」

答えれば、飛鳥兄ちゃんがこちらをちらりと見て軽く笑む。

「そうか、良かった。じゃあ今回は俺がちゃんとお前に夏休みの思い出作ってやらなきゃな。保護者として」

「ははは、ありがとう。でも俺向こう行ったら海とかあるし放置でいいよ。飛鳥兄ちゃんは美佳子さんとか満さんとかと予定あるだろ」

美佳子さんや満さんは飛鳥兄ちゃんと年の近い、長浜兄弟のイトコにあたる人だ。
この兄弟の血筋だからかやはり美人。
俺も小さい頃から可愛がって貰ってるし、清里さんのとこに言ったら会うのが楽しみな二人だ。

「お前が一人で海に…?危ないだろう、駄目だ。」

「あ、そうだよな。じゃあ一人の時は泳がないようにするよ。」

「そういう問題じゃない。一人で海は駄目だ。」

えええええ…!?

車を走らせている飛鳥兄ちゃんの端正な横顔を凝視してしまう。真顔だ。


 
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