short book
□ヘンゼルとグレーテルと、
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食べてしまおうか
【ヘンゼルとグレーテルと、】
深い深い森の更に奥深くには、お菓子の家があるそうな……。
「さぁ、いつき頑張って働かなくてはあなたの大事なお兄さんを食べてしまいますよ」
「や、やめてけろ! オラ頑張るから!」
屋根は菓子で壁はレープクーヘン、そして窓は透き通る氷砂糖。
そんな愛らしい家から聞こえてくるのは怪しく甘い低音と、恐怖を纏った可愛らしい少女の声です。
少女の名はいつき。少し前に兄である蘭丸と2人で母親に森に捨てられ、この家を見つけました。お腹のすいていた2人は甘いお菓子で出来たこの家をほんの少し食べてしまい、家主である魔女に捕らえられてしまったのです。
兄は牢屋に入れられ、妹は魔女にこきつかわれています。
言うことを聞かなければ兄を食べてしまいますよ、そう言われていつきは魔女に逆らえません。
「さぁいつき、お兄さんのご飯を持っていってあげなさい」
「はい……」
蘭丸のご飯はいつも魔女が作ります。
いつきはそれを1日3回、毎日兄のいる牢屋へと運びます。
いつきが蘭丸と会えるのはこの時だけです。
蘭丸は毎日この時間を楽しみにしていました。
大切ないつきが無事であることがわかるからです。
「あんちゃん! ご飯だべ!」
「いつき!」
蘭丸の牢屋に食事を差し入れ、いつきは首を傾げます。
蘭丸の食事はとても豪勢で、いつきはいつもそれを不思議に思っていました。
何故兄にこんな食事を出すのだろう。
いつきの食事はざりがにばかりです。だが蘭丸には主に肉料理が出されます。
さらに最近感じる違和感。蘭丸に会う度にこの違和感は大きくなるばかり。
そしていつきは気付きました。
蘭丸は最近太ったのではないだろうか、と。
よくよく見れば確かにそうです。
満足に食事も与えられずに育ったあの細く小さかった体が、全体的に大きくなっているのです。
「あんちゃん! 食べちゃ駄目だべ!」
「え? な、なんでだよ」
「そのままだとあんちゃん、魔女に食われちまう!」
いつきは考えました。魔女は兄をたっぷり太らせてから食べてしまう気なのではないか、と。
このまま兄が太っていけば、いつか必ず、食べられてしまう。
「あんちゃん、これからはパンだけで我慢してけれ。お願いだ」
「わかった。いつきが言うならそうするよ」
いつきは蘭丸にパンを渡して、他の料理は全て捨ててしまいました。
残った食器を台所で洗い、魔女の服を洗濯し、魔女に言いました。
「洗濯物を干してくるだ」
「くれぐれも獣には気をつけて下さいね」
「わかってるべ」
そうしていつきは外へと出ていきました。家の裏手にある干し場へだけは出ることが許されているのです。
いつきは逃げることだって出来ました。でも決して逃げられない。逃げれば、兄はすぐに魔女に食べられてしまうでしょう。魔女もいつきは逃げないとわかっているから、外に出すのです。
いつきは洗濯物を広げて、空を仰ぎました。
青い青い空がいつきの小さな胸を無性に虚しくさせます。もう自分たち兄妹には、救いの道はないのだろうか。
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