少年陰陽師

□序章
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空が藍色に染まり、月が地を照らす時刻。
だが、今宵は月の出ない朔の日。
辺り一面、闇色に染まっていた。

時は子の刻。
場所は都から少し離れた森の中。
その中を歩く人影が見える。
暗くて良く分ならないが、狩衣を着ているようだ。
至って普通の格好だが、その者は姿を覆い隠すかのように、頭から衣を被っていた。
ふと、その人影が立ち止まる。
空を窺うかのように、ゆっくりと見上げた。
「……都か……」
その声は、高過ぎず、低過ぎず。
中性的な声色であった。
暫く空を見続けた後、ゆっくりと視線を前へと戻し、再び歩き始めた。

 ◆◇◆

『我を無視するとは……』
突然、声が聞こえた。
直接、頭に語りかけているようだ。
周りに人はいない。
清漣は、その声の主に舌打ちしながら眉間に皺を寄せた。
そして神経を集中させるかのように、目を閉じて気を落ち着かせた。
『何か用か、高淤』
声の主は、貴船の祭神、高龍神。
日本でも五指に入るほどの神だという。
だが、清漣はそんな事は気にせず、砕けた口調で話しかけた。
『都へ来たというのに、この高淤に挨拶なしとは……』
怒っているような言葉だが、面白いものを見るような、そんな口調である。
実際、清漣という面白いものを見つけたのだ。
退屈しのぎになるだろうと思っているに違いない。
清漣の眉間は皺が増えるばかりだ。
『……また今度にしてもらいたいのだが』
清漣は、左手でこめかみを押さえた。
面倒なのか、そうではないのか。
清漣の表情からは、少し迷惑さが窺える。
『…………』
『…………』
『…………』
高淤から返事はない。
清漣も沈黙を破らない。
お互い沈黙のままだが、不思議と気まずい雰囲気にはならない。
暫くすると、どこからか虫の鳴く声が聞こえてきた。
『……はぁ。今から行く』
観念したかのように、清漣は溜息をつきながら高淤に応えた。
仕方なく、といった感じである。
高淤はそんな清漣に満足したようだ。
『では、待っているぞ』
高淤の声に、微かに嬉しさが混じっていた。
清漣はそんな高淤の様子に苦笑した。
そして、視線を貴船へと向ける。
「……仕方がない」
清漣は貴船へと駆けて行った。

 ◆◇◆

「遅かったな」
貴船の本宮に来たとたん、そんな声が上から降ってきた。
高淤が顕現したのだ。
そして、ゆっくりと岩の上へと座する。
それを傍目に見ながら、清漣は頭に被っていた衣を脱いだ。
見た目は18歳ぐらいだろうか。
不機嫌そうな瞳に映る色は、綺麗な夜更けの藍色。
その瞳を隠すような長い髪の色は、この暗い闇の中でも輝く白銀色。
格好は普通の者と変わりないが、この瞳と髪の色は違った。
違うがゆえに、頭から衣を被っていたのであろう。
「無理言うな。たまたま貴船に近い所にいたから良かったものの、そうでなかったら本当にここへは来なかったぞ」
遠かったら本当に来ないつもりだったらしい。
清漣の表情と口調がそう告げている。
そんな清漣の姿を見て、高淤の瞳が面白そうに輝いた。
「相変わらず麗しいな。そんなもの、被らなければ良いものを」
高淤は、清漣が先ほどまで被っていた衣を示しながら言った。
清漣はそんな高淤に溜息をついた。
「こんな姿でそこらへんを歩いていたら、気味悪がられるだろう。
……本当に、この体質を何とかしてほしいものだ」
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