黒バス書庫

□望んだのは君だけ
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歪んだ感情は歪んだ景色を生み出した。


「この腕を退けて下さい」


今日の部活の片付けの見回りは俺と黒子っちだった。
部活終了後にキャプテンに鍵を渡され、二人で見回りをした後、部室で着替えようとした黒子っちの肩を掴んで部室の長イスに押し倒した。
押し倒したときに痛みを感じたのか眉をひそめた黒子っちの顔も俺にはそそられるものがある。


「嫌って言ったら?」
「力ずくで退かさせます」
「抵抗してもいいことないっスよ。物分かりのいい黒子っちなら分かるっスよね?」
「だから退けと言ってるんです。僕は君には力で敵いませんから」
「冷静っスね……」
「黄瀬君が退けばもっと冷静になります」


黒子っちの首筋に汗が一筋流れる。
ああ、おいしそう。
気がつけばがぶりと黒子っちの首筋を噛んでいた。
黒子っちの悲鳴が心地いい。
キスマークじゃないけどこれでも立派な所有印。


「こっからの眺めもいいっスね」


それに気をよくして、うっとりしながら目を細めた俺に黒子っちは痛みに耐えながら言葉を発した。

「……君は、いつも僕を見下ろしているでしょう?」


いつもってなんだろ?
わからないからまあいい。
俺は黒子っちより馬鹿だから黒子っちが言うような高尚なことは分からない。
けど、その顔もすごくそそられる。
まあ、黒子っちの顔ならどんな顔でもそそられるんだけど。


「なんか征服欲が満たされていくカンジがする」


「僕の話を聞いていますか?退けと言っているんです」


眉間にシワが寄った黒子っちもかーわいい。
可愛い抵抗をされたって俺退く気なんてゼロだから抵抗するだけ無駄だと思うけど。


「ちゃんと一字一句漏らさないように聞いてるっスよ、だって黒子っちの言葉を俺が聞かないわけないじゃないっスか」
「では、言い方を変えます。僕の言ったことを君は理解していますか?」
「ああ、理解して却下してるけど?」
「随分と自分に都合のいいことですね」
「そう?黒子っちのためでしょ?」


ため息をついた黒子っちは、俺を真っ直ぐ見る。
この無機質な目に宿る静かな闘志ともいえる挑むような視線に射ぬかれたようなカンジがして身体が歓喜に奮える。
その目に絶望を味あわせたい。
どんなに歪むのか、そんな好奇心。


「僕のために、とは面白いことを言いますね」
「だってそうでしょ?黒子っちのことは俺がよーく知ってるよ。いくら追いかけても青峰っちにはもう届かないよ」
「……ッ!!」


決別した光と影。
光(青峰っち)の能力が開花してから、影(黒子っち)は疲弊した。
ポーカーフェイスの黒子っちの変化は分かりにくいけど、俺にはわかる。
青峰っちに置いてかれるのが寂しいんスよね?
だから、最近動きが悪かったんでしょ?
いつも浮かない顔をしてたんでしょ?
青峰っちなんてやめて俺にすがってくれれば、俺は君から青峰っちみたいに離れたりしないのに。
だからトドメを刺す。


「可哀相な黒子っち。帝光で勝ち負けにこだわらない仲良しこよしのバスケなんて幻想なんじゃないっスか?」
「そんなこと……「ないんスか?」……ッ」
「なあなあでやったって負けたらそれだけなんスよ。負けたらぜーんぶ終わり。それなら、勝つために一つになったっていいじゃないっスか、それだって……」


黒子っちの口から血が流れた。
驚いて見ると、俯いた黒子っちが唇を噛んでいた。
血を拭おうとしたとき、黒子っちが口を開いた。


「チームだと、……言うんですか?じゃあ、君のチームは勝つためだけに一つになるものなんですか?」

「……黒子っち?」

「僕は、君のいうチームではプレイ出来ません。……僕のプレイは、君達には必要…ない。チームというならばキセキと呼ばれる君達にとっては他の人間は必要ない、それは僕にとっても同じです」

「……どうしてそんなこと言うんスか!?」


今までと逆に俺が焦り始める。
ヤバイ、気がする。
気がするだけの確信もない不安。
詰めの一手をかわされ、逆に詰まされているようなそんな危機感。
警鐘が鳴る。
この先を聞きたくないのに、黒子っちは淡々と話を続ける。


「僕のパスがなくとも君達は十分強い。まず、君達が負けるということはない。僕は君達のチームに影はいらない。強い光は影を掻き消します。掻き消された影に存在はない………だから、僕は消えます」


――消えます。


遠くで何かが聞こえた気がした。
音のない言葉の文字だけが脳に入ってきた。


「消えるって……なんスかそれ?消える?消えるって黒子っちが?俺の前から!?」
「そういうことです」
「ふざけないでよ、黒子っち」
「ふざけてません」
「俺はまだ黒子っちとバスケがしたいんス、黒子っちが……」
「……僕だって、僕だってまだ君達とバスケをしていたかった、けどもう無理なんです。昔みたいに僕達はバスケを出来ないんです。もうそれぞれのバスケの道が違えたんです」
「嫌だ、嫌だ、嫌だ、黒子っち、嫌だ俺嫌なんだ」


子供のように駄々をこねる俺はみっともないけどそんなことを言ってる場合じゃない。
黒子っちにすがるようにして黒子っちを抱きしめた。
黒子っちが俺の頭に手をおいた。


「黄瀬君、もう終わりにしましょう。全中が終われば僕は消えます、バスケとこのときだけは僕にミスディレクションがあってよかった」
「黒子っち、俺、黒子っちが……」


スッと唇に指をあてられて、黒子っちの目が優しく細められた。


「黄瀬君、それは言わないで下さい。僕は君の重荷にはなりたくない」
「重荷になるのは俺の方……、黒子っちは重荷じゃない!…なんでなんでそんなこと黙ってたんだ、キャプテンは知って……」
「知りません。ですが、気づいている可能性は高いです」
「……黒子っち」
「黄瀬君、僕は君のプレイは好きでした」
「黒子っち!!」
「では、僕は鍵を返しに行きますから黄瀬君はもう帰っていいですよ」
「嫌だ嫌だ嫌だ!!!!」
「黄瀬君、着替えないと汗が引いて体調を崩します」
「嫌だっていってるだろ!!」
「嫌だと言われても、僕は君の意見を聞くつもりはありません。理解してもらうつもりもありません。僕は影だ。光には……なれません」


黒子っちの本気のミスディレクション。
俺はそれに為す術もなく。
俺は膝から崩れ落ちた。


「黒子っち……」


君に突き付けた絶望は逆に俺に深く刺さって抜けなくなっていた。












黒子っちが俺たちの前から姿を消して半年以上たった今、季節は冬が去り春が来た。


「ここが、誠凛高校か……」


誠凛高校校門前。
新設校なだけあってきれいなとこっスね。

……ここに、黒子っちがいる。

拒絶されるかもしれない。
そう思うと足が動かなくなる。
情けない。
黒子っちに嫌われるようなことをして、それでも黒子っちに嫌われたくない、俺を好きなって欲しいと思う俺は滑稽だ。
だけど――、


「後悔はしたくないんスよ」


顔を上げて足を前に踏み出した。














「俺はまだ……、君が好きなんだ」








***

黄→黒。
帝光時代の話。
病んでるように見せかけて病んでない話。
精神的に黒子っち>黄瀬。
誰にもすがれない黒子っちと黒子っちに依存した黄瀬。
 

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