ハートの国

□第四章 二部
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門番とアリス





「お姉さん。好き!」

「お姉さん。好きだよ!」

お姉さんと言われて抱きつかれる。

それが仕事中でも日常と化してきた、この頃。



(…ごめん、ブラッド。)

私は罪悪感と嬉しさで複雑だ。

仕事だから真面目にしないといけないのに。

ブラッドに対する罪悪感と、二人の好意への嬉しさを感じながら抱擁を受ける。



はたから見れば、本当に不真面目だと思う。

しかし、目が合ってもエリオットはそんなに注意してこない。



「おまえら、真面目に仕事しろよ。」と呆れながら、出かけていく。

ブラッドに関しては、楽しそうにククッと笑っているだけだ。



(ゆ、許されている訳ないよね?)

言っても無駄だ、と思われているのかもしれない。



…双子達は仕事をサボっている訳ではない。

彼らは仕事との切り替えが上手く、撃退する時はそっちに夢中だ。

そして、終わった後は血だらけのまま私に抱きついてくる。



仕事をこなしているから、エリオットも強くは言えないのかもしれない。


心の中で罪悪感にため息を吐く。

(この現状をどうにかしないと…)

と、悩んでみた所でいい手は思いつかない。

本気で嫌がったら双子達は止めてくれると思う。

でも、私は嫌ではないのだ。

甘んじて流されている。


このように抱きつかれたり、

キスされて、嬉しかったりするからいけない。


ベタベタしていた、双子達がふと顔を上げる。



「…誰か来てるよ。兄弟。」

「本当だ、また撃退しなきゃだね。」

抱きしめられていた腕を開放され、彼らは持っていた斧をクルリと回した。


私は門の外を見た。

双子達の言う通り、誰か来ている。





しかし、シルエットが一人だ。

集団ではないので、ハートの兵士達ではないことが分かった。



(止めないと!)

一人だから、一般人の確率が高い。

二人は門へと歩いていく。



二人を追って走りながら、その人物の判別が付いた。

…青いエプロンドレス。

明るめの髪色、青いリボン。

間違えるはず無い容姿。



二人は気付いているのか分からないけれど。



「アリスさん!」

斧を構えていた二人の少年を追いかけつつ、叫んだ。

そのまま二人の隣を追い越してしまう。



「あ、本当だ。お姉さんだ。」

「お姉さんだ。」



声から、二人の雰囲気が柔らかくなるのが分かった。

パタパタと走る私の後に二人もついて来る。



こういう風に三人がダーっと走ってきたので、



「え?えー?」

アリスさんの大きな瞳が更に大きく見開かれた。



驚いていた彼女に、私は目の前で止まった。

けど、ディーとダムが飛びつく。

ドンッ!!



「お姉さんだ。お姉さん!」

「お姉さん、久しぶりだね。」


双子達に熱い抱擁(いや、体当たり?)を受けている。


「ひ、久しぶり…だけど、お、斧、斧をしまって!」

彼女の顔は青く、斧、斧、と叫んでいる。

すっごく怖そうだ。

私も怖かったから知っている。


(ア、アリスさんもなんだ…)


あれは間近に迫ってくるし、挟まれているし、逃げられない。

ギラギラ光っているし、すっごく切れそうだ。



本当に、一つ間違えたら死にそうで怖い。

自分が慣れたのが不思議なくらいだ。

彼女は絶対怖いに決まっている。

ぎゅうっと抱きしめ続けている双子達に声をかける。


「ディー、ダム、アリスさんが怖がってるから。斧を離してあげて。」

そう声をかけるけど、二人は話を聴いてない。



「お姉さん。あまりこっちに遊びに来ないから心配したよ。」

「僕ら待ってたんだよ。お姉さんが遊びに来るの。」



と、言いながら、二人はギラギラした斧を持ったまま抱擁を続けている。

アリスさんはさらに青い顔になる。


「し、し、死ぬから、死んじゃうから!斧を離して!離しなさいっ」

命がいくつあっても足りない。

この世界では、冗談で済まない。

アリスさんは必死だ。


「ディー!ダム!斧を離してあげて。アリスさん、怖がってるからっ」



私も必死になって、二人にお願いする。

しかし、双子達は聞いちゃいない。



「え!離してなんて酷いよ!僕らのことが嫌いになっちゃったの?!」

「離してなんて、そんな傷つくようなこと言わないでよ!お姉さん。」


聞いてない、聞いてくれない。

双子達も興奮しているようだ。

もちろん、アリスさんも叫んでいる。

みんな、興奮状態だ。



「…。」

みんなが興奮状態だと、逆に冷静になる。


エリオットなら、こういう時は双子達を掴んで引き剥がすだろうけど。

私には腕力がない。



「違うっ!斧を離しなさい!斧、斧!あんた達じゃなくて私が傷つくからっ」

アリスさんが叫んでいる中で、

私は二人の背中に手を置く。



「お、落ち着いてよ。ディーも、ダムも…」

二人を落ち着かせて、アリスさんを離すように促す。



(アリスさんは怖そうだから…)

会えたのが嬉しくて、二人が抱きつきたい気持ちも分かる。

でも、当の本人の気持ちは無視されっぱなしだ。

それは、あまりよろしくない。





以前、二人がアリスさんに抱きついているのを見てモヤモヤしてしまったことがある。

私が双子達を好きかどうか、分からなかった時期だ。

しかし、今は目の前で見てもモヤモヤなんてしない。

むしろ、アリスさんに対する同情とか、哀れみが強い。


問題は斧なのだ。

斧さえなければ、問題ない。




「だ、抱きついたままでもいいから、斧だけ離してあげて。」

「「…。」」

そう言うと、なんとか二人はアリスさんから離れてくれた。

落ち着いたようだ。


(よかった。)

ホッとして、アリスさんに向かい合う。




「アリスさん。お久しぶりです〜。」



二人が離れたので今度は私が抱きついた。

私にとっても、アリスさんは甘えられるお姉さんだ。


彼女の方が身長は高いし、大人びている。



「久しぶりね。ブルーは元気だった?」

「はい。元気でした。」



すっぽりと身体を包むように抱きつく。

やわらかくて、いい抱き心地。

ぬくもりも落ち着くし、いい香りがする。

(やっぱり、いいなぁ…)

落ち着く。


女の人特有の安心感というか、アリスさんは安心する。

アリスさんも嫌そうではないし、温かく迎えてくれるので嬉しい。


久々の友人に甘える。



「「…。」」


私がアリスさんに抱き着いているのを、二人は黙って見ていた。


少し面白くなさそうな顔。


私は気付かなかった。







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