短編
□不明な男
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時計塔は静かだった。
私一人で黙々と作業する場だった。
機械的な音。
オイルに汚れた手。
匂いも何も変わらない。
そう思っていた。
一人の少女が、ここに住むまでは。
…
「ユリウス。あの、ここまででいいの?」
「ああ。それでいい。」
余所者、アリス。
私の仕事を手伝いたい、と言い出した張本人。
余所者だけに、変わり者だ。
今は意味を知っているのに、手伝いを止めない。
「あと、そこの部品を仕分けてくれ。」
「わかったわ。」
最初、多少のミスはあったが、
根が真面目だけに飲み込みは早かった。
今は助かっているくらいだ。
そして、
「…ユリウス。少し、一息ついたら?」
「ああ、そうだな。」
こうやってコーヒーを入れてくれる。
そして、一緒にコーヒーを飲んでいる。
何度、こうしているのだろう。
一緒に暮らすのも、だいぶ慣れた。
そしてこの状況を、私は心地よいと感じ始めている。
こうやっているのが、ひどく落ち着いた。
…
二人でコーヒーを飲んでいると、
部屋の扉がやや乱暴に開いた。
「やあ、ユリウス。…あれ。もしかして俺、邪魔した?」
顔を覗かせたのは、エース。
こいつはタイミングを読んでいるんじゃないか。
そう思ってしまう。
血のついたマント姿。
アリスはやや驚いていたが、俺はもう慣れた。
「エース。入る時はノックくらいしろ。」
「ごめんな、ユリウス。俺。せっかちなんだ。」
そう言ってづかづか入り込んでくる。
回収した時計をそこに置いた。
血がべったり付着した時計。
今とってきたとばかりに、生生しい。
(…こいつ。わざとか。)
わざわざ見せるようなものではない。
アリスを見れば、顔色が悪い。
「…エース。」
「うん。なに?」
咎めようと声をかければ、エースはマントをたたんでいた。
無駄に爽やかに、こっちを見ている。
目で会話する。
エースは分かっている。
それでも止めようとはしない。
「…。お前。」
「ユリウス。アリスは気にしてないぜ。」
なあ、アリス。と、エースは頬笑む。
「ええ、大丈夫よ。気にしてないわ。」
アリスもやや微笑む。
でもそれは、少しぎこちない。
「だってさ。これで問題ないだろ?」
エースは笑って、アリスの手を掴んだ。
「え?ちょっと、エース。」
手をひかれ、彼女の髪がなびく。
「じゃあ、ちょっとアリス借りて行くから。」
エースはそのまま言い残して行く。
「おい。」
「大丈夫。道案内を頼むだけだからさ。」
エースの微笑みを最後に。
何も告げられぬまま、扉は閉じる。
嵐のように過ぎ去ってしまった。
残ったのは静寂。
…
いつものことだ。
エースはいつも突然だ。
今更だが、アリスが少し心配になる。
エースの性分は分からない点が多い。
二人が付き合っているは知っているが…
見ていて、安心できない。
エースの場合、好きな子ほどいじめるか、
またはがっちり束縛するかのどちらかだ。
それならまだいい。
大事になりすぎると、殺してしまおうとする。
そんなヤツだ。
今はまだ大丈夫そうだが。
「…。」
まあ、心配しても仕方がない。
アリスの入れたコーヒーを飲む。
少し冷えてしまったそれは苦みが強くなる。
近くにはアリスの飲んだコーヒー。
その中も、まだ半分は残っている。
コーヒーを飲ませる時間さえ、
ヤツは待てなかったのだろう。
「…嫉妬か。」
エースはよく分からない。
行動に意味なんてないのかもしれない。
飲み干したソレを、アリスのカップと並べる。
そして、私はいつも通り作業に没頭する。
彼女が帰ってくるまで。
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まあ、大丈夫だろう。